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文化財をはかる[2]
  壊さずに真実を解き明かす、X線分析顕微鏡

法律で規定され、保護することが国の文化を守ることにもつながる「文化財」。「はかる」ことがその価値を可視化し、保存にも大きく貢献しています。使用するのは「X線分析顕微鏡」。その役割と仕組みについて、HORIBAで同製品を担当している青山朋樹さん、中野ひとみさんにお話を伺いました。


文化財をはかる機器、X線分析顕微鏡とは?

文化財の価値を明らかにすることがとても有意義なことはわかりました。しかし「文化財をはかる」こととはいったい、どのような作業なのでしょうか? X線分析顕微鏡を知ることからアプローチしてみます。

はかる場:そもそもX線分析顕微鏡とは、どのような機器なのでしょうか?

中野:試料(はかる対象)にX線をあてて元素分析を行う手法を「蛍光X線分析」と呼んでいまして、それを用いた装置のひとつがX線分析顕微鏡です。装置から発生したX線を試料に当てることで、試料の中にどういった元素が含まれているのか、それを分析します。

青山:X線は透過力が強いので試料の内部まで届きます。そしてX線が原子にに当たると、X線と原子の相互作用で二次的に「蛍光X線」を発するのです。これがそれぞれの元素特有のものであるため、試料に含まれている元素が特定できるというわけです。この装置のメリットは、試料を壊さないでそのまま測定できるということです。

はかる場:当然、文化財は壊すわけにはいきませんもんね。

中野:通常元素分析をしようとすると、表面を削ったり、真空の状態をつくらなければいけなかったり、何かで溶かして液体の状態ではかったりと、試料を壊すことも多いんです。非破壊検査が求められる場合では、X線分析顕微鏡を使います。

青山:X線や蛍光X線は大気に吸収される性質があります。そのため、真空の状態をつくって、試料をその中に置くというはかり方をしているケースがあります。X線分析顕微鏡では、蛍光X線を検出する機器のところに「X線は通すが空気は通さない」特殊なフィルムを貼ってあるので、試料のまわりに真空をつくらず、そのままの状態を保ちながら高精度の分析ができます。


マッピング分析とポイント分析、ふたつの「はかる」

分析手法にもパターンがあります。

 

はかる場:表面をはかるケース、物質の中身をはかるケースと用途はさまざまなようですね。

中野:大きく分けると「マッピング分析」と「ポイント分析」があります。マッピングは試料をスキャンしながら測定する分析手法で、試料のどこに何の元素がどれくらいあるのかをヒートマップのような見せ方で可視化します。

青山:X線分析顕微鏡には透過X線の画像化機能も備わっています。透過X線の像は、いわゆるレントゲン写真のようなもので、試料内部の密度や濃さ、重さについて の分布を見る用途に使われます。

中野:マッピング分析が試料全体をスキャンしながらはかるのに対し、「ポイント分析」は文字通り、一点だけをはかります。

青山:指定したポイントの元素分析をするんですね。どういう元素が何%ずつ含まれているのか。たとえば黒い金属状の物質の一点をはかったら、「鉛」「鉄」「クロム」 がそれぞれ何%入っています、という情報が得られます。全体像を明らかにすることと、ピンポイントで詳細の情報を得ることの違いです。

はかる場:試料のサイズは限られますよね?

中野:そうですね、顕微鏡タイプですとどうしても限定されます。大きくても30 cm四方くらいまでしか入りません。高さは9 cmまでです。一度にはかることができる領域自体、10 cm四方なんですよ。絵画などであればずらしながらということになりますが、ポイント分析であれば全体のサイズはあまり問題になりません 。


X線分析顕微鏡は意外に身近なところで使われていた

基本がわかったところで、よりイメージしやすくするためにいくつか具体的な使用例を挙げていただきました。

はかる場:実際にどんな現場で、どんな役割を果たしているのでしょうか?

中野:工業製品などの「不良解析」で使われることも多いですね。製造過程で混入してしまった異物の解析など。ニュースで薬を包むフィルムや紙の内側に本来入ってはいけないものが混ざっていて回収騒ぎになる、といった話を時折、耳にします。見た目にはわらかなくても、蛍光X線分析を行い、本来では存在するはずのない元素がみつかれば原因究明につながります。食品でも異物混入が問題になります。この際には非破壊検査が役に立ちます。お客様から「異物が入っていた」とクレームがあった時、パッケージを開けて調べていたら、製造過程で入ったのか、お店に並んだ時点で入ったのか、もしくは購入されたあとに入ったのか、わからなくなることもありますから。

はかる場:時間を特定することはできないですよね? いつ入ったのか、どうやって知ることができるのでしょうか。

青山:異物が混入した時間がわかるわけではないのですが、異物混入の状況を限定するひとつの材料にはなります。たとえばお店や工場のライン、その場その場に存在する、つまり混入しうる元素かどうかで判断する、などです。

はかる場:確かに犯罪捜査でも、指紋が見つかったらそれだけで犯人ということにはなりません。まわりのさまざまな状況と合わせて判断していくのに似ていますね。ほかにはどんなケースがありますか?

中野:変わったところでは文字の改ざんでしょうか。違うインクで塗りつぶしたり、上書きをしていたりするとインクの成分がそこだけ異なります。マッピング分析を使って文字全体に含まれるインクの元素分布を見ると、何か目印になる元素を見つけられて、その文字が改ざんされたかどうかの判断材料になります。


文化財をはかるために、X線分析顕微鏡が選ばれる理由

お話を今回のテーマである「文化財」に寄せていきます。

はかる場:異物混入にしても、文字の改ざんにしても、意外と身近なところで使われている印象です。文化財の分析はどのような方が利用されているのでしょうか。

中野:美術や博物館学、考古学、このあたりを専門にされている大学の先生や研究者の方が多いですね。出土品の元素分析では、金色に見えるものが果たして金なのか、実際に元素を見ないとわからないこともあります。

青山:焼き物はその土地の土を使っているものが多いんですが、たとえば九谷焼なら九谷焼をつくっている土地の窯や土の特徴が元素分析にも出てくるので、それを利用している先生もいます。土の成分が地域で異なり、焼き物は地質の影響を受けるので、何焼なのか、特定する材料になります。

中野:粘土はマグネシウムが多い、アルミニウムが多いといった具合に、その土地の地質を反映します。何々焼はカルシウムが多い、というような情報があらかじめわかっていれば、元素分析の結果で産地を判断できます。

考古学者さんたちが知りたいとおっしゃることはやっぱり、つくられた「時代」だと伺います。焼き物の産地のように、土の成分や釉薬(うわぐすり)などは時代によって使われるものが違うそうなので、それが動かぬ事実として年代の特定につながることもあるでしょう。つくられたとされる時代には存在しなかったはずの元素が見つかれば、模造品だ、贋作だ、写本だという話になってきますね。

はかる場:時代や地域を特定することは、文化財の価値の決め手になりますよね。

青山:価値はもちろんですが、研究対象として考えれば「真実」を知るという側面があると思います。


文化財をはかる≒真実を解き明かす、その先にあるものは

文化財をはかることで、認められる「価値」と、明らかにされる「真実」。この技術がこれからどんな役割を担っていくのか。最後に聞いてみました。

はかる場:文化財をはかる技術にはどんな可能性があると思われますか?

青山:京都ではよく目にしますが、お寺をはじめとした建造物の修復がありますよね。ほとんどは職人さんが長年培ってきた経験と勘で作業されてきたと思うのですが、元素分析をしていくことで組成がデータとして蓄積される。勘だけに頼らない方法で、文化財の修繕や保存に役立つことがあるのでは。

はかる場:人材不足も深刻だと聞きますし、その役割は期待したいところですね。

中野:ゴッホが晩年に「ドービニーの庭」という作品を2枚描いたのですが、一枚はスイスのバーゼル市立美術館、一枚はひろしま美術館に所蔵されています。2枚は同じ構図なのですが、片方には黒猫が描かれていて片方には描かれていない。さらに描かれていないほうには不自然に塗りつぶしたような跡があり、「そこには黒猫がいたのでは?」と長年語り継がれてきました。その真偽を確かめるために、吉備国際大学の下山進教授がこの装置を使って絵を調べたんです。

はかる場:それは面白いですね。

中野:マッピング分析をしたところ、黒猫が描かれていないほうから、黒猫を描くのに使われたと思われる絵の具の成分が出てきました。上から別の絵の具で塗りつぶされていたのですが、X線で下の絵の成分も浮き出てきて。

この研究結果の先には「誰が消したんだ?」「いつ消したんだ?」と議論が続くのですが、その議論が「黒猫はたしかに描かれていた」という事実に基づいてなされるようになっただけでも大きな意味を持ちます。はかることが直接、真実を解き明かすだけでなく、研究者のみなさんが真実を解き明かすためのベースの部分として、これからもお役に立てればと思います。


非破壊検査であること、元素の特定から真実に近づくこと。文化財をはかることは、私たち人間の歴史を知ることであり、築いてきた文化を後世につないでいくために小さくない役割を果たしています。

 

文化財をはかる

>>文化財をはかる[1] 文化財と、文化財が抱えている問題を知る
>>文化財をはかる[3] 文化財をはかることは、文化財から教えてもらうこと

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