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文化財をはかる[3]
  文化財をはかることは、文化財から教えてもらうこと

その文化的・歴史的価値によって、過去から現在、そして未来へと受け継がれる文化財。つくられた時代やつくった人々の想い、技術が込められた文化財をはかることは、時に真実を明かし、語り継ぐ重要な役割を担っています。

そこで重要なのが「非破壊分析」というキーワード。大切な文化財、正しく保護するためにその組成などを知ることは欠かせませんが、そのために傷つけてしまっては本末転倒です。前回は対象にX線を照射し、対象が放つ蛍光X線を分析することで元素を明らかにする「X線分析顕微鏡」とその仕組みを紹介しました。

今回は「X線分析顕微鏡」を使った研究をはじめ、非破壊分析による文化財研究のトップランナーのひとりである、吉備国際大学 大学院文化財保存修復学研究科の下山進教授にインタビューを行いました。長年この分野に携わってこられた下山さん。研究の道のりや研究に関する想いを語っていただく中で、「文化財をはかる」というテーマの締めくくりにふさわしいお話をうかがえました。


文化財研究の基本、非破壊分析にいたったきっかけは“染め物”の美しさ

文化財研究の最前線にいらっしゃる下山さん。ルーツをたどると、京都、そして染め物との出会いがありました。

sub1はかる場:文化財の研究はもとより、非破壊分析での研究でも第一人者として知られる下山さんですが、この道に進まれるきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

下山さん:私は製薬会社の研究員をしていたのですが、たまたま京都を訪れた時に、平安時代の非常にきれいな染め物を目にしました。科学者なもので、「なぜ色もあせずにこんなにきれいに染まるのか」という思いがよぎったんですね。当時の染め物は植物染料がほとんどだったので、どの植物で染めればこんなにきれいになるのか、科学的に解析できないかと考えました。しかし当時の分析といえば、布を切り取って有機溶剤に溶かして分析するような、貴重なものにはとても使えないような代物でした。そこで、なんとか壊さないで染料の分析を行えないかと考え始めたのがきっかけです。

まず植物染料の化学構造を詳しく見てみると、紫外線のような短波長の光を照射すると、染料の分子構造によって当てた光とは別の光が出てくることがわかりました。当てる光の波長を変えながら出てくる光を見ていけば染料の蛍光特性がわかりそうだと。当時はそんなことを調べてくれる機械もなかったので、ある分析メーカーと解析ソフトをつくるところから始めました。

はかる場:意外なきっかけです。非破壊の概念は最初からあったのですね。

下山さん:染料である程度手ごたえを感じ、染織物の分析を進めていくと、当たり前なのですが色を表現するのは植物染料だけではなく顔料だってあるわけです。文化財でいえば、今も沖縄の紅型(びんがた)を調査しているのですが、紅型では蛍光X線分析によって顔料が使われていることがわかりました。

さらに発展させて、顔料を油で練った油彩画はどうだろうと。植物染料で染めた染め物も顔料で染めた紅型も、表面に一種類か二種類の染料や顔料が乗っているくらいですが、油彩画は顔料を油で溶いたものを重ねて重ねて描いていきます。断面で見られれば、色々な絵の具が何層にも重なってるわけです。それまで使っていた分析装置は上からX線を当てて、それに対して出てくる光でどういう元素が存在するのかがわかりましたが、元素がどういう形で分布しているかまではわからない。そこでHORIBAの蛍光X線分析顕微鏡(XGT)に出会いました。微小に絞りこまれた透過X線で層に重なる元素が、マッピング分析で面に広がる元素として分析できる。このXGTがいちばん活躍したのが、ゴッホが最晩年に仕上げた「ドービニーの庭」という作品の分析でした。


ゴッホが残したミステリーに「はかる」で挑む

染め物に魅せられ、色の研究から非破壊分析の第一人者となられた下山さん。HORIBAの技術とコラボレートした大きな取り組みがありました。それがゴッホの「ドービニーの庭」の分析です。

はかる場:「ドービニーの庭」を分析されたお話をうかがえますでしょうか?

下山さん:画家はひとつの絵を二枚残すことがあるのですが、「ドービニーの庭」もドービニー家に寄贈されたものと、ゴッホが画廊で書き残したものがあります。現在、前者はスイスのバーゼル市立美術館に、後者は日本のひろしま美術館に所蔵されています。この二枚には明らかに異なる点がありました。バーゼルの絵には左下に青味の強い緑のような色で猫が描かれている。それが広島の作品では、同じ場所が茶褐色に変色しているんです。広島のほうが贋作なんじゃないかということで疑われたこともありましたが、ゴッホ美術館が確認し、贋作ではないと。ではなぜ猫がいないのか。ゴッホが消したんだ、元々描いてないんだと色々な話が流れました。

はかる場:そこでXGTが活躍したのですね。

下山さん:「ドービニーの庭」はとても大きな絵で、ひろしま美術館の目玉になるような作品です。金額的な価値も高く、当時で数十億。保険をかけるとしても相当な額になるので移動させることは難しく、XGTを解体して、美術館で組み立てなおしたその中に「ドービニーの庭」を置いて分析しました。XGTならば絵の具が重なっていても、元素がすべて分別されて分布がわかります。

この時に出てきたのがクロムという元素が猫の形に分布していて、鉄の元素も重なっていました。「クロムイエロー」というクロムを含む絵の具と「プルシアンブルー」という鉄を含む絵の具が使われているのがわかりました。猫は描かれていたんです。さらにその上を絵の具で塗りつぶしたような茶褐色の部分。ここには「シルバーホワイト」という白色の絵の具が使われていました。しかし、その周囲には「ジンクホワイト」という白色の絵の具が使われていたんです。ゴッホは油彩画を描く際に、白色には明るい透明感のある「ジンクホワイト」を多く使っていました。つまり、ゴッホが猫の姿を塗り消したのではないです。

XGTが持つ、元素の分布を明らかにするマッピング分析、塗り重ねられていても元素の種類を点で明らかにできるポイント分析、どちらの技術も大変役に立ちました。

はかる場:ゴッホ本人の口から語られないとわからなかったことも、はかることで明らかにすることができますね。この研究結果により、その先の「誰が消したんだ?」という議論がはじまったと聞きました。


大切なのは文化財から「教えていただく」という気持ち

ゴッホが残したミステリーにひとつの答えを出した下山さんの研究。最後に文化財に対して「はかる」が果たす役割についてうかがいました。

はかる場:文化財の分析が研究に果たしている役割としてはやはり、史実や時代背景を明かすところに意義があるのでしょうか。

下山さん:それも研究者が文化財から当時の技術を知りたい、という気持ちがあってのことだと思うんですよね。物理化学的な分析とはいえ、関連する周辺知識がないとできないです。ゴッホの絵であれば、ゴッホはいつ生まれていつ死んで、どのような絵を描いてきたのか。絵の具というツールはどんな歴史を歩んできたのか。ひとつの絵を科学的に分析するためには、背景にある絵の素材や技法、そして歴史がわからないと解析できない。学生にもよく言うんですが、「分析装置にかけると何でもわかると思うなよ、出てきたデータを解析できるかできないかは、君たちの知識の豊富さと事実をつなぎ合わせる知恵次第だ」って。事実として得られるデータが読めたって、その先で知恵を働かせるための知識がなければ解析したことにはならない、そういうことなんですね。

たとえばゴッホの絵の中にチタンホワイトがあるから、「あ、ゴッホはチタンホワイトを使っていたんだ」ってバカなことを言うなと。チタンホワイトは近代工業が発達してから出てくるんです。そういった知識があれば、近代工業が発達したあとに誰かがチタンホワイトを上から塗っちゃったんだ、そういう解釈をしなかったらだめだよと。

はかる場:正しく知ることは文化財保護の分野にも役立ちそうです。

下山さん:非破壊分析を行えばどのような素材がどのように使われているのかがわかります。その素材は湿度に弱いのか強いのか、適した環境も。素材を見極め、物理化学的な性質がわかれば、その文化財をどういう状態で保存するのが最適なのかがわかるということです。依頼される内容は文化財の真贋や、組成を調べるまでのことも多いのですが、保存方法へのアドバイスをすることもありますね。

素材を知る。素材の由来を知る。つくり方が見えてきたら、保存をどうしたらいいかを考える。さらに現代に活かすことはできないか。そこまで考えてほしい。なぜ文化財はここまで残っているんですか? なぜ大切なんですか? なぜすばらしいと思うのですか? それだけ現代人を魅了するのであれば、文化財に使われた素材を現代に活かせることもあるのではないかと。

はかる場:たしかに。

下山さん:文化財は、今よりずっと昔につくられ、今私たちが生きている時代に「大切なもの」と定められたものですよね。一方で今もたくさんの人が現在の感覚や感性で絵や工芸品、建築物をつくっています。これらはきっと、100年200年先の人々の文化財になるのでしょう。だからこそ、現在の素材でつくった現在の作品というのも、大切に記録に残していってほしいと思いますね。

平安時代から江戸、明治、昭和と受け継がれた染色技術によって、伝承されてきた染織物があるのですが、明治あたりにヨーロッパからの合成染料が多く入り始めます。すると色だけ見れば同じ色、でも分析によって素材の違いは判明します。素材が違えば染色方法も違ってきますよね。この時点で技術が伝承されてきた染織物とは言えなくなってしまうんです。表に見えるところだけ伝承されるのか、その根本にある技術までが受け継がれるのかでは大きな違いでしょう。

はかる場:そこに「はかる」が果たしていくべき役割は……?

下山さん:大きいですね。貴重な文化財を現在に活かすのも、後世につないでいくのにも、知ることが大事。一番大事なのは「文化財から教えていただく」という気持ちがないとダメ、ということです。なぜ非破壊で行うのか。それは文化財を大事にしているからですよね。教えてもらうためにはかります、決して壊しません、「教えてください」といのる、そういう気持ちがなかったら素直にデータ読めませんよ。そして、教えてもらったことが事実。自分の考えていたことに反することもたくさんありますが、得られたデータが事実、データを自分の都合のいいようにつかっちゃいけない。その事実から何を教わるか、事実から勉強するんです。


貴重な文化財に、研究で直に触れられることについて「大変ありがたいこと」と笑顔で語られた下山さん。文化財を「はかる」ことは扱う対象はもちろん、「はかる」ことで得られる結果も時に重く、プレッシャーもかかるお仕事です。しかし、経験を積み重ね続けてなお文化財から教えてもらうという謙虚な姿勢を貫かれて、その仕事を楽しんでおられるのがたいへん印象的でした。

「はかる」ことでわかる事実に対する向き合い方を教わったような気がします。旅先で、教科書やテレビ番組で。文化財の歴史や背景を知る時にも、教えてもらう気持ちで素直に接してみると見え方が違ってくるかもしれませんね。

 

文化財をはかる

>>文化財をはかる[1] 文化財と、文化財が抱えている問題を知る
>>文化財をはかる[2] 壊さずに真実を解き明かす、X線分析顕微鏡

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