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空気をはかる[3]
  大気汚染をはかることは「はかりつづける」こと

生き物が生きるために欠かせない、でも目に見えない「空気」。前回は、その測定方法についてお話しました。その目的は、大気中に漂う、私たちの生活にも影響を及ぼす有害物質から人々の暮らしを守るため。空気をはかることは、私たちが何気なく暮らしていける「あたりまえ」を守ってくれています。

「空気をはかる」連載の最終回は、国内外で大気汚染測定の研究をされている、大学の研究室を訪ねました。大阪府立大学 現代システム科学域・工学部・大学院工学研究科の竹中規訓教授へのインタビューです。竹中さんと一緒に研究をされている大阪府立大学 地域連携研究機構・研究員の今村清さん とともにお話をうかがいました。空気をはかる現場の最前線へ。


水から空気へ、ベトナムにあった大気汚染研究のきっかけ

日本のみならず、海外でも広く活躍されている竹中さん。どんな研究をされているのでしょうか。

竹中さん:1999年から10年間の計画で、ベトナムの大学と環境関係の研究交流プロジェクトがスタートし、現地に行くようになりました。私は2004年から参加し、2009年までの6年間、プロジェクトに携わりました。そのプロジェクトは大阪府立大学とベトナムの大学との研究交流が主なテーマで、つつがなく終了しましたが、今度はバイオディーゼル燃料に関する調査でもう一度行けることになり、その際に大気汚染をしっかりはかろうということになったんです。

はかる場:大気汚染を「しっかりはかろう」とは?

竹中さん:今も現地では窒素酸化物(NOx)などの基礎データをはかっているのですが、最初はその基礎データがうまく取れなかった。最初の10年間で使っていた装置では現状把握も難しくて、簡易測定だけのデータをどこまで信用できるのかもわからない状態でした。NOxやオゾンのデータがないと大気の状態が分からないので、きちんと管理してもらえる装置が必要でした。

はかる場:そこで、「しっかりはかろう」、なんですね。

竹中さん:大気汚染の調査は、大気中のあらゆるものをはかって、何が原因なのかをはっきりさせるところからはじめます。改善のために、調べた結果をもとにして手を打つのですが、その効果を知るためにはビフォー/アフターで見ていかなければならないので、はかり続けることが大切です。プロジェクトではかる土台をつくってきましたが、現在は向こうの研究者がはかってくれていて、年に一回程度データを見せてもらう共同研究のような形になっています。

はかる場:大学間でのプロジェクトということですが、どのような目的があったのでしょうか?

竹中さん:もとは大気ではなく水環境の研究だったんです。ベトナムは飲み水がちゃんと安心して飲めないので、飲み水をどうやって確保するかという、水汚染の方が中心でした。そこから大気汚染の研究にも広がり、現在にいたります。

はかる場:竹中さんが空気をはかることに興味を持ったきっかけも水だったそうですね。

竹中さん:大気中における水の役割ですね。まず大気をはかるというよりは、大気中の水の中で起こる反応、何が起こっているのかという、サイエンスのベースの部分に興味があったのでその辺りをずっと研究していました。大気中の現象は知られていないことがたくさんあるので、“知らないことを見つけたい”という感覚が私の研究ベースです。

水は、大気中のさまざまな物質の中で3番目か4番目に多い成分。こんなにたくさんあるのに、あまり注目されていないですよね。少しわかりにくいですが、たとえば「大気中の物質が雨に溶けたら、地面に落ちたあとどうなるの?」など。雨が地中に染み込むと、乾いてまた出てくる物質があったりするんですね。今は離れていますが、こういった事象は今も調べたいですね。


大気汚染を語るうえで避けては通れないNOxとその研究

竹中さんが所属している大阪府立大学の環境物質化学研究グループは、大阪で光化学スモッグが問題となりはじめた昭和40年代中ごろから存在しています。お話しいただいた「大気中の水」に関する研究をはじめ、その光化学スモッグの研究にも関わられてきた竹中さんですが、ご専門は「窒素」。

はかる場:メインで研究されているのはどのような分野ですか?

竹中さん:私は窒素関係ですね。光化学スモッグに代表されるように、大気汚染で起こる問題は光化学反応です。物質が光を吸収して起こす化学反応で、大気汚染物質を生み出す原因です。この反応で生まれるOHラジカル(ヒドロキシルラジカル)という物質があります。活性酵素と呼ばれる化合物のひとつで、強い酸化作用を持ち、人体に取り込まれると健康な細胞まで酸化させて傷つけてしまうので、体内の活性酵素の量は老化のスピードに関わるともいわれています。このOHラジカルの生成にも深い関係を持つのが窒素化合物(NOx)です。単体でも酸性雨や温室効果ガスの原因とされているなど、大気汚染の研究をするうえで避けては通れません。

はかる場:大気汚染に大きく、広く関わる窒素化合物のなかで、特に専門とされているものはありますか?

竹中さん:亜硝酸に注目しています。亜硝酸はいくつかあるOHラジカルの発生源でも中心的な存在なんです。亜硝酸の量が増え、OHラジカルが増え、オゾンの割合も増える、という大気汚染におけるキー的役割をしているのではないかと、個人的には思っています。ヨーロッパではかなり注目されていて、一部では喘息にも相関関係があるのではと研究が進んでいます。

はかる場:もし喘息との相関関係が明らかになれば、また大きな問題になりそうですね。

竹中さん:そうですね。大きなところでは住環境の基準が見直される可能性すらあります。亜硝酸にしろ、その先にあるOHラジカルやオゾンの問題にしろ、つまるところNOx自体が問題になってきます。NOxの化学式にもあるとおり、窒素と酸素でできている以上、燃やせば燃やすほど発生します。だから発生させないというのはなかなか難しい。取り除く方向で考えなければいけない。それも含め、NOxの量をはかることからはじまっているといえますね。


目に見えない「空気をはかる」ことは、はかりつづけることで意味を成す

多くの大気汚染物質の原因となるNOx濃度を知ること。大気汚染対策の第一歩として、空気をはかる技術を用いている竹中さん。この第一歩が、私たちの社会にどのような役割を果たしているのか、あらためてうかがいました。

中央左が竹中さん、中央右が今村さん。研究にかける熱い思いを語ってくださいました。
(両端はおふたりのベトナムでの研究をサポートしているHORIBAの丸山さんと田中さん。インタビュー当日、一緒におふたりのお話をうかがいました)
 

はかる場:竹中さんの研究をはじめ、空気をはかる現場とそこで行われていることは、私たち一般市民にはあまり身近ではありません。しかし、時に住環境を選ぶ際にも大きく影響を受けるなど、実際は切っても切れない間柄だったのですね。

竹中さん:空気がなくては生きていけないですし、あってあたりまえのことで、また、呼吸で取り込むのも誰も何の疑問も持たずに行います。だからこそ、誰かがはからないといけない。大きなモニタリングステーションはその時々に問題となっているものをはかります。それを考えると、これから影響の出そうなものや、小さな兆しでも「このへんおかしいんじゃないか?」と思えるものにはある程度網を張ってはかる。大学や研究者にはそのあたりの役割が求められていると思います。

はかる場:はかるとみつけられる、ということですね。

竹中さん:なにしろ、大気や大気汚染物質は見えないですから。だから値に対する信頼度を得るためにもはかりつづけることが重要です。質量のような標準のものさしがないので、経年の変化や、はっきりした物質との相対関係など、さまざまなデータを組み合わせての判断が必要です。大気は変化していくので再現性も難しい。一方で、はかったデータによって基準値が決められる物事は多く、大きな影響を及ぼします。だからこそ、冒頭のベトナムの例もそうですが、その場その場でしっかりとはかりつづけることが大切。その点でも、365日24時間、止まることがない測定装置の存在はありがたいですし、これからも欠かせません。


「空気をはかる」ことは、それ自体が大気汚染の解決策になるわけではありません。まずその環境の状態を知ることは小さな一歩であり、その後さらに細かい成分をさまざまな手法で分析するために欠かせない第一歩。

工場や車が排出するガスだけでなく、世の中には多様な環境基準が存在します。それらがどんな目的で設けられて、どんな理由で基準の数値が設定されたのか、あれこれ調べてみるといろんな発見がありそうです。

 

空気をはかる

>>空気をはかる[1] 私たちの空気は「汚れ」ている?
>>空気をはかる[2] 大気汚染対策に「空気をはかる」が果たすこと

 

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