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20世紀は石油の世紀

20世紀を何と呼ぶか。電気通信の世紀、自動車と飛行機の世紀、あるいは世界戦争の世紀……。いろいろありますが、いちばん代表的なものを探すと、「石油の世紀」といってよさそうです。
人類は数百万年ずっと、ほとんど森林から燃料を得て文明をつないできましたが、18世紀末の産業革命で初めて石炭という化石燃料を用いて文明を飛躍させ、そして今世紀、石油という超便利燃料にバトンタッチして、自動車や飛行機が世界中を駆けめぐり、電波が飛び交い、プラスチックに囲まれる現代文明を完成させたのです。

石油は、残り富士山8分の1

ほんの百年ほどの間に石油に頼りきった社会をつくって、さて、石油は永遠に湧いてくるものなのか、どれだけ残っているのか不安になってきます。
原油がどれだけ地下に眠っているかについては諸説あるようですが、現在確認されている可採(採掘可能な)埋蔵量は約1兆バレル、つまり1600億klといわれています。環境容量2000カロリー(kcal)で割ると、740兆eu。世界人口58億人が350年食べていけるだけのエネルギーです。1兆バレルというとずいぶんたくさんありそうですが、富士山をひっくり返してさかづきにたとえると、その8分の1の量でしかありません。ちょうど5合目の富士スカイラインで切った上くらいです。

あと43年で……

これを世界で1年に生産される原油量(約230億バレル)で割ると、およそあと何年分あるかが分かります。今後生産水準が一定だとして、可採年数はあと43年ということになります。ただこの確認可採埋蔵量というのがくせもので、新たに確認されたり、採掘技術の向上などがあると増えるので、可採年数も逃げ水のように先に延びていきます。いまから26年前の1972年に現代文明の資源浪費に警鐘を鳴らしたローマクラブ『成長の限界』には、石油はあと21年分(1970年資料をもとに、消費増大も加味した推測。可採埋蔵量が5倍に増えても50年分という数字も併記)という数字が出ていましたが、21年以上経過して、年間消費は増えているというのに石油はまだあります。

こんな調子でいつまでも先に延びてくれれば心配するだけ損ということになりますが、石油が化石燃料である以上、いつかはなくなる日が来ます。遅かれ早かれ、どうがんばっても百年以内には限界がくるでしょう。石油の終わりが人類文明の終わりになるのかどうか。地球温暖化問題も含めて、新しい文明を創造するのに残された年数は非常に短いといえます。



(注と出典)

資源統計:
主としてEDMC 編『'97エネルギー・経済統計要覧』(財)省エネルギーセンター刊。なお、同様に天然ガスはあと65年、石炭は(低質のものを含めて)228年分とされている。すべて1995年末の数値。eu換算は原油1l=9250kcalで計算。

富士山半個:
(財)新エネルギー財団の資料を参考にした。富士吉田市のホームページによれば富士山の容積は約1400km3つまり約8.8兆バレル。不安な人は、琵琶湖(27.5km3つまり0.17兆バレル)6杯分弱というと安心できる?

大来佐武郎監訳『成長の限界』(ダイヤモンド社):
なお、1980年のアメリカ政府報告『西暦2000年の地球』(家の光協会刊)には、消費の増加も加味して残りの80%消費するまであと58年という数値が出てくる。

残された年数は短い:
石油がきっちり空になるまで文明が保ってくれれば筆者を含む今日世代の死ぬまでくらいは大丈夫だろう。しかし、先の枯渇が見え出すと供給不安が起こるといわれる。冒頭に記したように20世紀は近代戦争の時代でもあるが、その背景には石油資源争奪が色濃くある。来世紀初頭には、大産油国であったアメリカ合衆国の原油が枯渇する。そのとき世界戦略が変わらないといえるだろうか。

屋木伸司/文



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