これほどまでに、「写真や映像で見るのと、ホンモノを見るのとでは大違い」というものが、他にあるだろうか?皆既日蝕は、そういう類の「驚き」の中では、ずば抜けていると思う。
日蝕ツアーに参加すると、「僕は5勝3敗でね」、「私は7勝2敗」とか、そんな言葉が飛び交っている。(この場合「負け」とは、天候が悪くて観測できなかったことを言う。)僕が出会った中には10勝5敗なんて人がいた。あと、73歳のおじいさんが印象的だった。「お釈迦様の仏跡を巡るのと、皆既日蝕だけは欠かしません。」と言われて、思わず手を合わせてしまった。
何しろ1年に一度程度しか起きない現象なので、例えば15試合というのは、ざっと20年近い年月ということになる。まるでタレントの「追っかけ」みたいに皆既日蝕を追い求めて旅をする人たちがいる。そういう人を総称して、日蝕ハンターと呼ぶらしい。
ちなみに、僕は2勝1敗。まだまだ駆け出しのハンター。このハンターの中には、天文オタク系もいるけど、元々天文には縁の無かった人も多い。何故みんなハマってしまうのだろうか。
<ホンモノは、どう違うのか?>
まず最初に皆既日蝕が、写真や映像で見ても伝わらないのと同じぐらい、コトバでも伝えられないだろうということをお断りしなければならない。少なくとも、僕の表現力では無理である。それほどまでに、言語を絶する現象なのだ。
皆既日蝕は、視覚体験ではなく、身体全体の経験であるということ。それから、ある特定の天体の周りだけで起きる局所的な現象ではなく、それが僕たちの世界全体に、ものすごい変化を起こすということ。このあたりが、メディアでは伝えるのが難しい理由だ。それでも、がんばって書いてみると・・・
●一瞬で夜が来る!
太陽が月に全部隠されると(以下、これを「皆既になる」と言う)、それまで明るかった世界が、一瞬にして夜になる。この「一瞬にして」というところがポイントで、皆既になる直前まで、世界は明るいのだ。それほどまでに、太陽の光は強い。また、太陽が隠されるので、気温もアッという間に5度〜10度下がる。世界全体が暗くなり、空気の温度が変わって、ゾクゾクしてくる、そして、興奮し始めた人や動物の鳴き声が咆哮となって天に向かう。(人間も鳴き声しか出さないんだな、こういう時って。)つまり、これは「ハイ」になる条件が整っているということかもしれない。そして、その「ハイ」が、今まさに頂点に達するかという時に、これまた一瞬にして世界は明るくなってしまう。まだお腹がいっぱいになっていないのに、お膳は情け容赦なく下げられてしまうのだ。
●太陽系が見えた!
皆既になった瞬間、暗くなると同時に、明るい星が、まるでがイルミネーションが灯るように、天空に現れる。僕が初めて見たシベリアでは、水星、金星、木星、土星が太陽と並んで点灯した。そして上からはヘール・ボップ彗星が太陽に向かってやってきていた。この時、僕は宇宙空間に浮いているような錯覚に捕らわれた。太陽が真ん中にあって、その左右に4つの惑星が見えていて、手前に月があって、そして地球がここにあって、「その上に僕がいる」。突然、宇宙に投げ出されたような、あの感覚は、二度と忘れることはないだろう。「太陽と同時に星を見る。」それは、日常の中ではあり得ない、宇宙的な風景なのだ。
●360度の夕焼け
初めて日蝕を見るときは、ともすると太陽だけを見てしまう。何しろ、1分とか2分しか続かないので、まばたきすら惜しんでしまうぐらいなのだ。しかし、既に5回も見ている人が、僕にこう教えてくれた。「皆既の最中にね、ぐるぐるまわってごらん。」は?なんで?僕は、そう思ったけど、興奮の中、そのコトバを思いだして、ぐるぐる回ってみた。皆既日蝕そのものから目を離すのは、勇気がいるんだけど、敢えてやってみたのだ。そしたら、なんと世界は全部夕焼けになっていた。360度、どこを見渡しても夕焼け!これもまた、世界が見知らぬ風景になっている瞬間だった。
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がインターネット上で見れるようになっています。人々の歓声も含め、世界が変化する様子が少しはわかるかも。(再生にはリアルプレイヤーが必要です。)
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<何故ハマるのか>
●ギャンブル性
皆既日蝕を偶然見る、ということはほとんど不可能。ある特定の場所で皆既日蝕を見ることができるのは数百年に一度と言われている。都市部で見れることも、これまた確率的に少なく、大抵は大都市から離れた僻地で見ることになる。そういう土地への旅の費用はバカにならない。それに、数十万円というお金を払っても、お目当ての皆既日蝕は数分しか続かない。(シベリアでは2分半、イランでは1分半だった)しかも、晴れるかどうかは全く誰にもわからない。たとえ晴れていても、短い皆既の時に、たまたま雲がかかってしまったら・・・あー、考えただけでもゾッとする。「どこで見るか」を決める瞬間がギャンブルなのだ。だから実際に晴れて、見ることができたときの喜びは、もう狂喜という状態に達する。お金が儲かったわけではないのだけれど、スロットマシーンでジャックポットを出した時(出したことは無いが)の気分なのだ。
●継続時間の短さ
5回見たという人が、シベリアで言っていた。「私は、もう5回も見てるんだけど、でも、まだ10分程度しか見てないんだよね〜(溜息)」皆既日蝕にハマるのは、この継続時間の短さが大きい。もしこれが、1時間続く現象だったら、一回でお腹がいっぱい。きっと日蝕ハンターなんて現れなかっただろう。
●エクリプス・ハイ
他にも、美しいダイヤモンドリングや、シャドウバンドと呼ばれる現象など、魅力を数え上げれば尽きない。しかし、ギャンブル(?)に勝って、日常の中では決して味わうことのできない身体経験をし、その場にいた人全員と体験を共有する、その喜びに勝るものはない。こうして、しばらく続くエクリプス・ハイとでも言うべき興奮状態が、麻薬的なんだろうと思う。そして、その興奮を人にも伝えたい!という衝動が、激しくわき起こる。何しろ、映像やコトバで伝えることができない現象なのだから、伝えようと思ったら、同じ場に連れていくしかないのだ。こうして日蝕ハンターが増えていくのかもしれない。
<日蝕に魅せられた人たち>
最後に、一つインターネットのサイトをご紹介しよう。ライブ!エクリプスという日本のプロジェクトだ。いわば、筋金入りの日蝕ハンター達の集団だ。
数年前から、インターネットで皆既日蝕の生中継を始めており、今年のヨーロッパからの中継も成功させた。人に伝えたい、見せたいという気持ちが、こんなボランティア活動まで生み出しているのが、皆既日蝕の威力だ。
次回は、2001年6月。南アフリカで見ることができる。僕はマダガスカルを狙っている。是非、現地でお会いしましょう!
上田壮一(文/写真)