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未来通信
清潔日本どこへ行く!?
押せばビッグに!
■藤田紘一郎
(ふじたこういちろう)
1939年生まれ。東京医科歯科大学医学部教授。医学博士。『笑うカイチュウ』(講談社)で1995年講談社出版文化賞・科学出版賞を受賞。著書に『獅子身中のサナダ虫』『恋する寄生虫』(ともに講談社)、『清潔はビョーキだ』(朝日新聞)、『サナダから愛をこめて』(現代書林)など多数。
東京医科歯科大学医動物のホームページ


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藤田先生の面白いところは、実際に自分でも「寄生虫」をお腹の中で飼っていることだ。この写真は藤田先生のお腹の中に住んでいた「サナダ虫」。人に言うだけでなく、自らも「寄生虫」との共生を楽しんでいる(?)。今は4代目になるサナダ虫がお腹の中にいるそうだ。そのせいかどうか?60歳を超えているとはとても思えないぐらい若々しい!


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研究室の廊下には、寄生虫の標本がいっぱい。


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気持ち悪いのばっかりなんだけど、藤田先生にとってはどれも「可愛い」らしい。

※見えない生命、寄生虫や細菌と人間の関係は実に奥が深い。これらのことを、更に知りたい方は、是非とも藤田教授の本を読んでみることをオススメする。目からウロコが落ちることマチガイナシである。
嫌なにおいを消しましょう

最近テレビや雑誌の広告を見ていると、やたらと「消臭」の言葉が多くなっている。しばらく前は「抗菌」だったわけで、日本人の清潔志向は、ちょっと極端になってきている。この間も、深夜のバラエティ番組で、「春の不潔Girl撲滅キャンペーン」というを放映していた。口臭とへそのゴマと顔の脂を調べて、一つでも該当すると、「きゃー、あなたって不潔!」というわけだ。

実は、数年前からこの清潔志向の行きすぎを感じていた。特に小さな子供を持つ家庭で、赤ちゃんから「こわーい細菌」を遠ざけようと、躍起になっている姿が、僕の周りでも目立つようになった。でもこの清潔志向こそ、逆に、人間が本来持っている「いのちの力」を奪っているのではないか、そんなことを直感的にずっと感じていた。

そんなある日、ニューズウィークに寄稿されていた、東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授の一文が目に飛び込んできた。その見出しには、こう書いてあった。


日本人の「清潔信仰」が免疫力の低下を招く

やっぱり、そうだったか!と僕は内心、快哉を叫びながらその記事を読んだものだ。実は藤田先生は、僕がそんなことを気付くよりも、ずっとずっと以前から、日本人の清潔志向に警鐘を鳴らしてきた科学者だ。科学論文ではなく、広く一般の人に、それを伝えたのが、94年に書かれた「笑うカイチュウ」という本で、ユーモアに溢れていながらも、目から鱗の落ちるような鋭さを持ったそのエッセーは、多くの人の共感を呼んだ。

さて、この冬、僕は念願が叶って、テレビ番組の取材という形で藤田先生にお会いすることができた。御茶の水にある、東京医科歯科大学の古くて暗い建物の中(ちょっと怖い!)をおそるおそる歩いて、研究室に辿り着くと、「ようこそ!」と豊かなテノールの声で、笑顔の藤田先生が迎えてくれた。大柄な方だ。背筋がしゃんとしているから、ますます大きく見える。メガネの奥に、とても優しい目が光っていた。
藤田教授は、寄生虫学の先生なんだけれども、学術論文だけでなく、「笑うカイチュウ」、「恋する寄生虫」、「清潔はビョーキだ」などという面白いタイトルの一般向けの本を、たくさん書いている。これらの著書に通底するのは、「行き過ぎた清潔志向が日本人の免疫力を低下させている」という危機意識だ。それを、ユーモアたっぷりのエッセーで綴っている。このユーモアこそが、これらの本を話題に上らせ、メディアにも取り上げられている理由なのだが、藤田先生は、「面白く書いてますけど、実のところ、本当にもう待ったなしの危険な状態なんですよ。」と、目を曇らせる。

人間は「自然」から遠く離れて生きることに慣れてしまったらしい。僕たちは、「人間」という一つの生命体だけで生きているなんて、どうして思うようになってしまったんだろう。
口の中だろうと、お腹の中だろうと、皮膚の上だろうと、「ヒト」という生命を維持しているシステムの中には、他者である、細菌や微生物の存在は欠かせない。カラダの外にだって、空気中だろうと水の中だろうと、様々な微生物が生きている。人に悪さをする奴もいれば、全く何もしないのもある。共生菌と言って、人間と「持ちつ持たれつ」生きている奴らもいる。それを、やれ「駆虫」だ、「抗菌」だと言って、排除していたら、人間は生命として孤立してしまう。これでは、みずから、脆弱な生命体なろうとしているようなものだ。



自分が子供だったときの事を考えてみる

裸足で走り回り、ドブの中を探検したり、泥玉を手でこねて、ぶつけ合ったりして遊んだ。まさにどろんこの日々だった。親には「手を洗いなさい!」とは言われたが、適当に洗って、ごまかしていたものだ。それでも、僕たちは元気に生きていた。それが、最近では、「泥」もきたないということらしい。「砂場」も危険!なのだそうだ。

目には見えなくても、僕たちは無数の生命と一緒に生きている。
まずはそのことを知ること。そして、その中で危険な微生物もいるんだってことをちゃんと知ること。そして、もうちょっと、自分たちの「いのちの力」を信じてみることも大事。
「自然」から遠ざかって生きていることで、「死」に対する感性の鈍化が起きていると言ってもいいかもしれない。ちょっとした異物に、過剰に「死の恐怖」を感じてしまう。「日本人の超清潔志向」は、いわば、人間社会全体が、小さな異物にアレルギー反応を起こしているようなものではないだろうか。

藤田先生の研究は、こうした直感に科学的な説明を与えてくれる。藤田さんは、35年前から、インドネシアのカリマンタン島の子供達と日本の子供達の比較研究を続けている。
カリマンタン島の子供達は、「うんち」の流れる川の側で生きている。「うんち」を流している、その川で、洗濯をして、食事も作る。
当然ながら、彼らのほとんどが「寄生虫」である「回虫」に感染している。
でも、彼らの一人として、アレルギーに掛かっている者はいないのだ。肌もつやつやしていて、元気そのもの!だそうだ。

翻って、日本では、戦争が終わって、アメリカ主導による駆虫が始まった。
(その理由は「サラダ」だと言われている。それまで有機肥料を使っていた日本人は、生野菜を食べる習慣はなかった。必ず野菜には火を通して、寄生虫の卵を殺していたのだ。ところが占領下の日本で、アメリカ人は生野菜をばりばり食べて、みんな回虫に感染してしまったのだ。それで、「オー!ジャパニーズは不潔デス!」ということで、駆虫が始まったとか。)

そのおかげで(?)、1950年代には70%だった回虫感染率が、1960年には10%になり、1970年代には、ついに0%になる。すごいスピードだ。
しかし、アトピーや喘息などのアレルギー疾患が爆発的に増えてきたのは、寄生虫が駆除されていった、1960年代からなのである。この「寄生虫」感染率の減少と、アレルギー疾患の増加の相関関係に藤田先生はずっと注目してきた。(グラフは、こちらをご覧下さい。)
そして、実際に寄生虫がアレルギーを抑える働きを持つことを、科学的に突き止めた。(詳しくは藤田先生の著書をご覧アレ!)

もちろん、アレルギーの原因がすべて「寄生虫がいなくなったから」と短絡するのはよくない。もっと複雑な要素が絡んでいることは確かだ。しかし、藤田先生は、その原因の一つとして「寄生虫がいなくなったこと」が、大きな要因だったのではないかと考えている。そして、「駆虫」→「抗菌」→「消臭」と続いている、日本人の超清潔志向は、今もって加速中だ。だからこそ、警鐘を鳴らしているのだ。このままだと、弱くても新しい細菌が日本を襲ったときに、アッというまに日本人はやられてしまうかもしれない。

「不潔」=「悪」という構図はわかりやすく共感を呼びやすい。その構図で、広告や番組はどんどん創られている。しかも、人間の心理は面白いもので、ネガティブな情報の方が、伝播力が強いと来ている。そしてさらに始末に負えないのが商業主義だ。冒頭で紹介した深夜番組も、最後まで番組を注意してみていると、「顔のダニ」を殺す石鹸の紹介がちゃっかり出てきたりする。お母さんや女の子の恐怖心を煽りながら、その裏で、商業主義が拍車をかけている。ホントに困ったもんである。
もちろん、ここでそうした商品の「不買」運動を展開しようというつもりはない。それよりも、一人一人が、自分の「いのちの力」を感じること、「見えないけれども、いろんな生命と共に生きている」ことを実感する体験を、小さい子供の時から持つことが大事だと思う。そうすれば、こうした傾向を「おかしい!」と感じる感性を育てることができるはずだ。「警鐘」は外からではなく、内側から鳴ることが大事なのだ。まだ、間に合う。そう思いたい。

上田壮一(文/写真)

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