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謎の蛍光現象
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19世紀末、ヨーロッパの物理学者の間では、ゴルトシュタインやクルックスらの研究の影響を受けて、陰極線の研究に興味が集まっていた。ドイツの物理学者ウィルヘルム・コンラッド・レントゲンもその一人で、特に彼は、陰極線が物質に蛍光を発生させる性質があることに関心を抱いていた。
彼の実験は、容易に蛍光を発することが知られている化学物質を黒い紙で覆った陰極線管の中に入れ、部屋を暗くした状態で陰極線管を作動させて、物質が発する蛍光を観察するというものだった。
1895年11月5日、いつものようにレントゲンが実験を行っていたところ、実験に使用しようと思って、陰極線管のそばに置いてあった白金シアン化バリウムを塗った紙(蛍光スクリーン)が蛍光を発しているのに気づいた。陰極線管は黒い紙で覆われているので、光がもれているはずはない。しかし陰極線管のスイッチを切ると、蛍光の発生を止まった。再びスイッチを入れると同じように蛍光を発した。さらに詳しく調べてみたところ、陰極線管と蛍光スクリーンの間に分厚い本を置いても、また蛍光スクリーンを隣の部屋に置いても同様の発光現象が確認された。




世紀の発見へ
X線の波長
これらのことから、レントゲンは非常に強い透過能力をもった何らかの放射が陰極線管から発生しており、それが蛍光スクリーンを発光させていると判断した。彼はその放射の正体が分からなかったため、とりあえず数学で未知数に対して使われる「X」を用いて、その放射をX線と呼んだ。
レントゲンは偶然に発見した、このX線についての報告を、『ビュルツブルグ物理学・医学会会報』に投稿。「新種の放射線について」と題された論文は、またたく間に大反響を呼び起こした。この論文は英訳され、翌年にイギリスの権威ある科学誌『ネイチャー』に、レントゲン自身が撮影した「手の指の骨」のX線写真とともに掲載された。次いでアメリカの雑誌『サイエンス』でも紹介されるにおよび、欧米の科学界に「X線フィーバー」が巻き起こった。日本へは、当時ベルリンに留学中だった長岡半太郎によって伝えられることになる。1896年(明治29年)3月の『東洋学芸雑誌』に掲載された長岡の報告には、「手の指の骨」のX線写真も紹介されている。
X線の発見は、「骨まで写る」X線写真のインパクトもあってか、科学界だけにとどまらず社会的にもセンセーショナルに迎えられた。




世紀末の闇
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ここで、レントゲンがX線を発見した当時の社会状況に目を向けてみたい。19世紀末のヨーロッパ社会は、いわゆる「世紀末思想」に覆われていた。産業革命により、大きく発展した科学技術は、歴史上類を見ないほどの物質的豊かさを人々にもたらし、大きな戦争もなく比較的平和な日々が続く中、ヨーロッパ文明は絶頂期を過ぎて、どこか頽廃的な雰囲気を漂わせた爛熟期を迎えていたのである。芸術に目を向けてみれば、現実から逃避した傾向を持つ幻想的な作品が多く発表されている。
この状況は物理学の世界にも当てはまる。当時のヨーロッパの物理学は、ニュートンが築いた力学とマクスウェルが確立した電磁気学を二つの柱とする、ひとつの完結した理論体系によって支配されていた。「このふたつの強力な理論をもってすれば、自然界のいかなる事象も解き明かすことができる」と、当時の科学者たちは考えていたほどだ。1918年に量子論の研究でノーベル賞を受賞したプランクは、ミュンヘン大学の学生時代(1870年代の終わりごろ)、研究テーマとして何を選択すべきかと教授に相談したところ、「物理学だけは止めておいた方がいい、もはやこの分野は完成されているので、新しい問題は何も残されていないのだから」と言われたというエピソードが残っている。




物理学の新世紀へ
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こうした世紀末の科学者たちの「思いこみ」を粉々に打ち砕いたのが、レントゲンによるX線の発見だったのである。未知なる「X]がもたらした衝撃は、停滞していた物理学界に新しい潮流を生み出すことになった。1896年、フランスのベクレルはウランが発する放射能を発見。1898年、キュリー夫妻はウランよりも数万倍も強い放射能を発するラジウムを発見。「新しい問題は何も残されていない」はずだった物理学の分野で、大きな発見が相継いだ。そして1900年、プランクにより「量子仮説」が提唱され、これまで誰も疑うことさえしなかったニュートンの古典力学を超える現代物理学への道が開かれたのである。
1901年、ちょうど20世紀最初の年の12月10日、スウェーデンのストックホルムで、栄えある第一回ノーベル物理学賞の受賞式が行われた。記念すべき最初の受賞者はX線の発見により物理学の流れを大きく変えた、レントゲンその人である。世紀末の停滞した闇の中で、鈍い光を放ったX線。その光は来たるべき物理学の新世紀の開幕を告げるサインとなった。以来、X線は様々な分野で応用研究が進み、直接的・間接的に人類の知の地平を拡大し続けている。



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