はかる場 » ○○をはかる http://www.jp.horiba.com/hakaruba はかる場」とは、「はかる」ことで「見える」ようになる世の中のアレコレを紹介するメディアです。 Thu, 19 Nov 2020 04:47:00 +0000 ja hourly 1 http://wordpress.org/?v=3.5.1 浮世絵の「復元」に分析技術が貢献 ~当時の色を蘇らせる、HORIBAの色材分析~ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1691/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1691/#comments Thu, 19 Nov 2020 04:47:00 +0000 霞上さおり https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1691 HORIBAグループでは、10ヶ国・17拠点に分析センターを置き、各国最先端の分析ニーズに対応しています。日本では、東京と京都にある「HORIBAはかるLAB」(以下、はかるLAB)を拠点に、製品のデモンストレーションや受託分析、共同研究などを通して社内外へ分析技術を提供しています。幅広いアプリケーションに対応した受託分析では、企業の製品開発や品質管理に関わる分析はもちろん、文化財や美術品の分析も請け負っており、貴重な作品類の保存や修復、真贋判別などに貢献しています。

このたびはかるLAB(東京)において、HORIBAとしては初となる「浮世絵」の絵の具に関する分析を請け負いました。依頼くださったのは、浮世絵復元家として、鎌倉でその技法の研究や作品づくりに取り組む下井 雄也さん(下井木版印刷所)です。
浮世絵の復元に対し科学的な分析がどのように貢献できるのか、またHORIBAに期待することなどについて下井さんにお話を伺いました。


めざすのは、江戸時代の浮世絵を現代に蘇らせること

まずは、どのような目的で今回の分析依頼をくださったのか、その背景をお聞きしました。

はかる場:浮世絵の「復元」とはどういったものでしょうか? 下井さんが浮世絵復元家となられたきっかけは?

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下井さん:“復元”というのは、いかにオリジナルと同質のものをつくるか、をテーマとしています。似た表現で“復刻”があり、浮世絵の世界でも多くの復刻版が出回っていますが、浮世絵復刻版の傾向としては、その時代その時代で求められる美術品や装飾品としての、よりグレードの高いものが目指され、作られてきたという部分があります。そのため極端に言えば、絵や構図は浮世絵でも、現代人の生活様式やセンスに合わせて色を大胆に変えてしまっているものもあります。結果的に、特殊な例外を除き、材料もオリジナルとはまったく別物であることがほとんどです。

反対に「復元」は、現代の感覚を取り入れず、紙や絵の具の材料なども含めて完成した当時の作品をいかに再現するか、に拘ったものです。
市場にはたくさんの浮世絵復刻版がありますが、私が見た限り、完全に当時の浮世絵を再現したものはありません。まったく新しいものになっているか、再現しようとしたものの達成されていないか、です。そしてその原因は、時代の流れのなかで紙や絵の具といった材料が消失し手に入らなくなってしまったことが一つ。もう一つは、復刻版が“美術品”を目的に作られているからだと考えています。

私はもともと木版画摺師として浮世絵の復刻に携わってきましたが、当時のモノをつくるのであれば、やはり紙や絵の具、技法にまで拘りたい、追求したい、という思いがありました。そこまで拘って、技法も材料も同じにして初めて、江戸の浮世絵は蘇ると考えているからです。そのため、改めて彫りの技術を習得し、自分で彫って摺って、材料も自ら調達し、それでもって自分の作品をつくることをめざしてきた結果、自然と今のスタイルになりました。

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はかる場:なるほど。まさに江戸の人たちが手にしていた当時の浮世絵を、紙や色合いなどの質感そのままに蘇らせる「復元」をめざしていらっしゃるのですね。具体的にはどのように復元作業を行っていくのでしょうか。

下井さん:浮世絵ではまず輪郭線を彫ってから、原画を見て、製版する上でどのように色分けするかの“色分解”を行っていきます。どんな色が、何色使われているのか?を判別していく作業です。この色分解は、よほど退色が進んでいない限り肉眼でもできる作業です。画集にある保存状態の良い作品と照合したり、仮に色が退色していても、図中から同じように退色している箇所を選び取ればいいからです。ただ、この後にそれぞれの色版を摺っていく工程で必要になるのが、「そこに何の絵の具が使われているか」という情報、つまり絵の具の色そのものの判別です。

浮世絵の色はそれぞれの摺師によって、その時代で手に入る材料の中から、各々が目的とする色を出すために必要なものが自由に選択されてきました。
語り継がれた情報がほとんど無い中、目に見える情報だけでは絵の具の材料まで正確に判別することは出来ません。そこで、「いかに同質のものをつくるか」という自分自身が達成したい本質を突き詰めるため、科学的な精密分析を取り入れることにしました。加えて、江戸時代の浮世絵の絵の具に関してはまだまだ謎の部分も多く、単に作品づくりのためだけではなく、江戸の浮世絵を研究する観点からも、当時の絵の具の分析は必要だと感じました。

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はかる場:その「謎」というのは例えばどのような・・・?

下井さん:普段は文献調査をしながら色の想定をしているのですが、例えば「黄色」の絵の具は何種類かあったとされつつも、これまでの調査では検出されていなかったり、或いは文献に無いものが検出されていたりもします。実際にどうだったのか、という明確なデータが圧倒的に少ないのです。作者や時代によっても使う絵の具は変わりますし、それがその後にどういう人の手に渡ったのかという変遷まで含めると、どんな材料で色が付けられているのかは本当に分かりません。
そのため、実際の浮世絵原画を用いて精密に分析してもらうことが必要だと考えました。分析計測をしている会社をたくさん調べましたが、文化財の分析を行っている会社で、かつ浮世絵などの染料の分析までできる会社はHORIBA以外には見つけられず、今回分析をお願いすることになりました。

はかる場:絵の具の色一つひとつにも当時の時代背景などが絡んでいると想像するだけで、ドキドキしますね。そのような現場に、分析を通して立ち会えることはとても有難いことだと感じます。

 


江戸当時の色に迫る、「はかる」技術

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今回、下井さんが持ち込まれたのは「東海道五十三次之内 水口 長右衛門」(嘉永5年/1852年)という作品で、作者は江戸時代後期に絶大な人気を誇った歌川豊国の3代目・国貞。かの有名な歌川広重の「東海道五十三次」を背景に、当時人気の役者を各宿場にちなんだ物語や風俗に見立てて配したシリーズの一つです。

今回、HORIBAで実施した浮世絵分析

浮世絵の絵の具には「顔料」と「染料」があります。鉱物系の絵の具に代表される「顔料」は日本画や西洋画にも用いられる一方、例えば「ウコン」や「ベニバナ」といった植物系の「染料」は、浮世絵の中でも特に江戸時代の作品特有とも言えます。他の絵画と同様に、顔料はX線分析で元素を解析することができますが、染料は金属ではないため元素分析ができません。そこで今回は、X線分析顕微鏡(XGT-5200)に加えて顕微レーザラマン分光測定装置(LabRAM HR Evolution)を併用することで、得られた分子構造から材料を解析する手法を取りました。
(→X線分析顕微鏡を用いた文化財の解析については過去の記事を覧ください。)

◆ラマン分光装置とは?
― 物質に光を照射すると、光と物質の相互作用により、入射光と異なる波長を持つ「ラマン散乱光」が出てきます。そのラマン散乱光を分光し、得られたラマンスペクトルから物質の種類や状態(分子構造)を解析する装置がラマン分光装置です。ラマン散乱光は入射光よりも非常に微弱なため、光源や分光器といった部品の性能や光学設計が装置の性能に大きく影響します。HORIBAのラマン分光装置では、分光分野のパイオニアとも言えるジョバンイボン(現ホリバ・フランス社)の技術に裏打ちされた最高峰のグレーティングをコアパーツとして搭載しています。
直接試料に触れないため、XGTと同じく“非接触・非破壊”の分析手法ではありますが、こちらは単色レーザーを照射するため、特に色が付いた試料は光を吸収しやすい傾向もある(測定条件によっては試料を傷付ける可能性もある)ことから、慎重に分析を行いました。

sub5◆X線分析との大きな違いは?
― 前述した通り、「染料」のような有機化合物など、金属元素を含まない試料はXGTを用いて元素分析することが出来ません。今回も、ベニバナやウコン、アオバナといった染料はラマン分光装置で解析しました。また、金属元素を含む試料であっても、他にどのような原子と結びついているかによって、その物質の成分(種類)はまったく別物になります。今回でいうと、「ベロ藍(C18Fe7N18):青系色」と「ベンガラ(Fe2O3):赤系色」はどちらも“鉄(Fe)”を含む物質ですが、それぞれ酸素や窒素、炭素などの原子と異なる配置で結びついているため、結果的には全く別の色ということになります。これらをXGTで分析した場合、同じ鉄(Fe)元素が検出できるものの、実際に何の物質であるかの同定まではできません。そういった場合に、化学的組成まで見る事のできるラマン分光が有効ということになります。


はかる場:今回の分析結果について、教えてください。

下井さん:自分で色分解をしてみて、特に判別が難しかったポイントを重点的に分析していただきました。いろいろ予想はしていたものの、結果的には多くのポイントで予想を裏切られる結果になりました。例えば、「鉛白(えんぱく)」という鉛から作られる白の絵の具が、予想以上に広範囲で使われていたことです。鉛白は他の色と混ぜて使われるというのは文献にも出ていましたが、今回の作品だと空や着物の大部分で鉛白を検出しました。白色としては他にも、牡蠣の殻でつくる「胡粉(ごふん)」もありますが、鉛白と胡粉がどのように使い分けされていたのかは解明されていません。当時の作者の任意なのか、もしくは何らかの規則性があるのか、それとも時代的な背景があるのか・・。同じように、色味としてではなく、顔料を水に溶く際の分散材や乾燥後の絵の具の剥離や分離を防ぐ目的で添加されていた「膠(にかわ)」についても、検出された部分とそうでない部分の規則性の有無など、不思議な点が幾つか見当たりました。
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また、思ってもみない素材も出てきました。唇部分で検出された「チタンホワイト」です。これは文献でも触れられていないばかりか、そもそも江戸時代には存在していなかった色なので、もしかしたら後年に補色などで塗られた可能性も考えられます。このように肉眼では判別できない、予想から大きく離れた結果もありました。謎が一層深まった部分もありますが、今後もっと分析点数を重ねていくことで、何らかの答えを見つけることができればと思っています。

はかる場:今回の分析結果をもとに「復元」した結果、作品の色味が大きく変わるような部分はありますか?

下井さん:そういう発見もありました。目尻の部分の色味はもともと、染料の退色だと思っていました。赤色で使われる「ベニバナ(紅)」は経年劣化により茶色く変色する傾向があるため、それだと思っていたのです。でも実際には「ベンガラ」だと判明し、最初から褐色だったということが分かりました。同様に他の赤色部分からもベンガラが検出されており、思っていたより渋めの赤が使われていたということになります。この分析結果が無ければ、当初の想定どおり紅をベースに、僅かにベンガラを加えた赤色で摺っていたはずです。目尻の部分は特に全体に与える印象も強くなるので、できあがりの作品のイメージはだいぶ違っていたのではないかと思います。

はかる場:分析結果一つで作品の色味やイメージまで変えてしまう場合があるというのは、とても責任ある役割であることを、改めて感じました。


浮世絵の復元に「はかる」が果たしていく役割

sub7はかる場:浮世絵の原画の分析は今回が初めてとのことですが、今後このような科学的なアプローチが、浮世絵の復元に役立っていくでしょうか。

下井さん:今回の結果からも、分析をするのとしないのとでは完成品の色がガラっと変わることもあると分かり、復元をする上で「分析」というのは大変有効な手段であると感じています。今回の分析だけではハッキリとしないこと、謎が更に深まったこともありますが、時代背景や、摺師それぞれの癖や技法といった要素も踏まえて江戸時代の浮世絵を研究していく上でも、大変いい発見となりました。
今後、この科学的な分析の点数を増やしていくことでデータを蓄積しながら、作品制作とともに研究を進めていきたいと思います。


彫りと摺り、そして色材も自ら採取しに行くなど、その道は決して容易ではないものの、江戸時代の浮世絵の“当時の姿”にとことん拘り、素材や技法まで突き詰めた上での「復元」に挑む下井さん。今回の分析結果ですべてがクリアになったわけではなく、新たな疑問が浮上した部分、この後の摺り工程の練り直しを余儀なくされた部分もあるとのことでしたが、その表情は明るく、浮世絵に実直に向き合う下井さんの姿がとても印象的でした。
浮世絵の色材分析を通して下井さんの大きな夢に触れ、またその結果や作品から、江戸の人々の生活や息使いにまで触れられることを、我々も大変うれしく思います。今後も、このような取組みを科学分析の立場から応援して行きたいと思います。

 

文化財をはかる

>>文化財をはかる[1] 文化財と、文化財が抱えている問題を知る
>>文化財をはかる[2] 壊さずに真実を解き明かす、X線分析顕微鏡
>>文化財をはかる[3] 文化財をはかることは、文化財から教えてもらうこと

 

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ゴミをはかる[2] 有害? 再生可能? 安全なゴミ処理の第一歩は、「はかる」こと https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1618/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1618/#comments Fri, 29 May 2015 08:05:46 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1618 私たちは日々の暮らしの中で多くのゴミを排出します。人口の増加とともに増え続けるゴミの量は、ゴミを出す人間に与えられた大きな課題です。リサイクルをはじめ分別の意識や仕掛けは進んでいますが、自分たちで処理できるものもあれば、処理に専門性を擁し、然るべき機関での処理が必要なものも。その代表格が産業廃棄物です。

前回は、この産業廃棄物の処理に「はかる」が役立つ、というところまでお話しました。非接触、非破壊で「はかる」ことができる、蛍光X線分析装置、それも持ち運びが可能なハンドヘルド型蛍光X線分析装置が用いられています。ゴミに含まれる成分を教えてくれるこの機器が、さらに明らかにする事実とは。HORIBAで同製品を担当している瀬川真未さんにお話をうかがいました。


産業廃棄物処理の第一歩 はじめに「ゴミをはかる」ことの意義

産業廃棄物の処理と聞いて、どんなイメージが浮かびますか? 大きな工場や大掛かりな機器を思い浮かべますが、ハンドヘルド型蛍光X線分析装置でゴミをはかることは、どのような役割を担っているのでしょうか。サイズがサイズだけに細かくなってから? いえいえ、反対です。最初期にこそ、使用されるべき機器なのでした。

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はかる場:産業廃棄物処理の過程において、ハンドヘルド型蛍光X線分析装置を用いてゴミをはかることが行われているとうかがいました。どのような工程で使用されるのでしょうか?

瀬川:産業廃棄物の約半分はリサイクルされています。ですから産業廃棄物の中間処理では、再利用することを第一に考えて、分別・選別、破砕・切断・圧縮、焼却などの工程があります。そこで最初の作業となるのが、リサイクルしやすいように廃棄物を適切に分けることです。再利用できるかどうかを見極める。有害物質が含まれていれば当然、再利用には回せません。そのためには、廃棄物に含まれている成分をチェックしなければなりません。ハンドヘルド型蛍光X線分析装置は、工程の早い段階で登場するんです。

はかる場:処理場に持ち込まれる産業廃棄物は実に多種多様です。どのように調べるのでしょうか。

瀬川:まず全体をざっとスクリーニングして、有害物質の有無をチェックします。そこで有害物質の含まれている可能性がある場合は、詳細分析に回します。このスクリーニングに使われているのがハンドヘルド型蛍光X線分析装置です。手持ちで使えるため、ゴミの形状やサイズ、はかる場所も選びません。

先端部分を廃棄物にできるだけ近づけ、持ち手の部分のトリガーを引くとX線が放射され、廃棄物からの反応で蛍光X線が出てきます。これを再び機器がキャッチし、成分を判別します。かかる時間はおよそ1分程度でしょうか。

はかる場:蛍光X線によって成分を分析するということは、以前はかる場でも紹介した「X線分析顕微鏡」と同じ仕組みなのでしょうか。

瀬川:その通りです。廃棄物にX線を照射すると、中に含まれている物質の原子とX線が相互作用を起こして蛍光X線が出ます。このとき出てくる蛍光X線は、各元素に特有なものなので、出てくる蛍光X線を調べればどんな元素が含まれているのかがわかるのです。また、元素によっては蛍光X線の強さをはかることで含有量までわかる場合もあります。

処理場には大量の廃棄物が持ち込まれるため、迅速に処理を行う必要があります。そこで求められるのは、有害物質が含まれているかどうかを手早く判別することです。有害物質が含まれていて、詳細分析をするとなるとコストも時間もかかります。まず有害物質が「ない」とわかることは、とても重要なのです。


有害物質は時代を超える……ゴミをはかることは安心・安全社会の盲点に気づくこと

不法投棄などのニュースと共に報じられることが多く、産業廃棄物すべてが有害に思えてしまうこともあります。実際には繰り返してきたように、再生利用が可能なものもありますし、また産業廃棄物に関する規制が進むことで根本的な解決策も多数講じられています。では、ゴミをはかることで見つけられる有害物質とは。

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はかる場:産業廃棄物処理の初期段階で使用されるということですが、選ばれる理由は何ですか?

瀬川:やはり手持ちで作業できる手軽さ、そして結果が出るまでのスピードがあります。さらに、蛍光X線分析という技術は非接触・非破壊で行えることが最大のメリットです。ゴミをいたずらに触ったり、崩したりすることで有害物質を発生させるリスクがあるからです。

また、X線は取り扱いに注意しなければなりません。操作部分はタッチパネルになっていて、スマートフォンのような快適な操作性を実現していますが、手にした人が誰でもすぐに作業できてしまわないように、パスワードでのログインが求められ、しっかりロックをかけられるようにして、安全に配慮しています。機器自体にカメラがついているので、どの部分を測定しているのかも一目瞭然です。

はかる場:測定するデータの取り扱いはどのようになっているのでしょうか?

瀬川:Wi-Fiを通じて測定結果をパソコンに転送することもできますが、機器自体に設定をしておけば規定した有害物質の量でアラームを表示させるなど、その場で判断できることがポイントです。たとえばヒ素の制限値を何ppmとあらかじめ設定しておけば、あとははかるだけで指定した危険の判断ができます。

そうそう、作業時は軍手など手袋をはめていることも多いですが、そのままでも反応できるようなタッチパネルを採用しています。また、Wi-Fiを通じてスマートフォンで本体と同様の操作ができます。現場向きの機器、といえますね。

はかる場:産業廃棄物処理の最初期のスクリーニング、実際にはどのような有害物質が見つけられるのでしょうか?

瀬川:産業廃棄物に関しては法律や規定も整備され、製造段階での改善も進んでいます。それもあり、中間処理の段階で発見され、問題となるものは古めの製品だったりします。身近な例を挙げると、液晶テレビですね。液晶テレビのパネルには、ガラスの消泡剤、つまりガラスに気泡ができるのを防ぐための添加剤としてヒ素やアンチモンなどの毒性物質が使われているケースが過去にありました。

はかる場:最近の製品では使われなくなりましたが、古いテレビ、つまり廃棄物として持ち込まれる古い製品には注意が必要なんですね。

瀬川:少しゴミからは外れますが、同じように古くなったものの処理として注目されているのが、木造住宅の廃材処理への活用です。木造住宅の土台部分に使われる木材は、基本的に防腐剤処理されています。ところが、その防腐剤に発がん性物質や重金属などの有害物質が含まれているケースがあります。

たとえばシロアリなどの害虫やカビによる腐食から木造住宅を守るために使われていたCCA系木材保存剤。これはクロム、銅、ヒ素を含みます。クロムとヒ素は発がん性物質として知られていますね。もっとも危険性が明らかになった現在は、国内ではほとんど使われていません。

はかる場:この先寿命を迎える木造住宅も多そうですし、無視できない問題ですね。

瀬川:まさにその通りです。1997年に水質汚濁防止法が改正されて、ヒ素の排出基準が強化されました。これによりCCAの使用は減少したのですが、問題はそれ以前に建てられた木造住宅で、CCAが使われている可能性があるのです。日本の木造住宅の平均寿命は一般に30年ぐらいと言われています。ということは、今から30年前、つまり1985年頃に建てられた木造住宅の解体がそろそろ始まっていることになります。それ以前に建てられたものも含めて廃材処理は要注意です。

産業廃棄物だけではなく、これから大量に出てくる住宅廃材の安全な処理のためにも、お役に立てればと思います。


最後に、ハンドヘルド型蛍光X線分析装置を使ってゴミをはかることへの期待をうかがいました。

sub3「産業廃棄物の処理は、工程を経ていくごとに大掛かりになっていきます。時間も、技術もコストもかかります。それゆえに、良くないこととわかっていても目をつぶってしまう、不法投棄のような問題も起きてしまっているんですね。ハンドヘルド型蛍光X線分析装置は、詳細分析のような働きこそできませんが、処理の初期段階で有害物質の有無を判別できるのが最大の利点です。持ち運びができるサイズで場所を選ばず、時間もかかりません。これによりまず有害物質が含まれている、詳細分析や相応の処理が必要なものをわけるだけで、とても多くのリスクが減らせるのではと思っています。産業廃棄物を安全に廃棄するための第一歩として、使用していただけたらと思います。」


取材の最後には「同様の技術がスマートフォンに搭載されたら?」など、家庭での実用化ができたらと、想像も膨らみました。それくらい身近なお話でしたよね。ゴミや廃材による汚染は、私たちの暮らし、住む家にすら大きく関係してきます。今、大きな課題となっている産業廃棄物処理の現場での「はかる」に注目しましたが、ゴミをはかること自体は私たちひとりひとりが関心を持つべきテーマなのかもしれません。気になった方は、明日の朝に出すゴミがどこへ行き、どこでどのように処理されるのか、そんなところから調べてみてはいかがでしょうか?

 

ゴミをはかる

>>ゴミをはかる[1] 安全に処理するために、ゴミの中身をはかる

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ゴミをはかる[1] 安全に処理するために、ゴミの中身を知る https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1613/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1613/#comments Fri, 29 May 2015 08:00:50 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1613 日本で一年間に出されるゴミの量を、ご存じでしょうか? 主に家庭から出る一般廃棄物が約4,500万トン(平成24年度実績・環境省調べ)、さまざまな事業によって排出される産業廃棄物が約3億8,000万トン(平成23年度実績・環境省調べ)。この膨大な量のゴミをどのように処理するのか。それはゴミを生み出している私たちに突きつけられた課題です。

平成24年の時点で、一般廃棄物はリサイクルに回るのが約20%、残りのほとんどが粉々に砕いたり燃やしたりしたあと、埋立処分場で処理されています。産業廃棄物は平成23年度の時点で、約53%が再生利用され、残りは全体の約3%のボリュームまで減量化されて最終処分場に埋め立てられています。生活者の間でも環境問題に対する意識が高まるにつれて、リサイクル(資源化)、リデュース(減量)、リユース(再利用)の3Rに、リファイン(分別)、リペア(修理)の2つを加えた「5R」の考え方が定着してきました。その結果、一般廃棄物の総量は、平成23年度から24年度にかけて約20万トン減っています。またゴミ処理技術の進歩により、出たゴミを大幅に減量できるようにもなってきています。ゴミを出す時点の工夫、ゴミを処理する技術。私たちは二つのアプローチで、ゴミ処理問題に向き合っています。

私たちの社会は、自分たちで排出したゴミとその処理の問題に、しっかりと向き合っています。一方でゴミ処理を行ううえで一点、見過ごせない問題があります。それは、ゴミの中に有害物質が含まれている場合です。ゴミをいかに処理するかという大きな問題に取り組む中で生まれる新たな問題。ここに「はかる」が関係しています。


それぞれができることを……ゴミ処理の基本はゴミの分別

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ゴミ処理では、中身の分別が重要です。リサイクルやリユースに回すために、あるいは燃焼・粉砕して減量する場合も、中身を確認して有害物質を取り除かなければなりません。たとえば、有害物質を含むゴミを処分場に埋めてしまうと、環境汚染を引き起こしかねません。廃棄物から有害物質が漏れだし、それが地中に染みこんで、河川の水や土壌を汚染するのです。

先にもお話したとおり、一般廃棄物については分別収集が徹底されるようになってきました。分別方法は自治体ごとに細かく定められています。そのひとつにペットボトルのキャップとラベルを分別し、リサイクル可能なPET樹脂製のボトルを回収する仕組みがあります。ちょっと前ならば大げさに思えたことも、今では自然と行っていませんか? また、家電製品のリサイクルは平成13年に「特定家庭用機器再商品化法(家電リサイクル法)」が制定され、現在はこの法律に則ってリサイクルが進められています。家電製品はペットボトルと同じように、家庭で分別して捨てることはできません。家電製品のリサイクルは、廃棄物の削減と金属やプラスチックなどの資源の再利用が目的ですが、エアコンや冷蔵庫には冷媒としてフロンが、液晶テレビの画面には水銀やヒ素が使われていることもあります。これらを家庭では処理できないため、専門の業者が処理を請け負い、リサイクルする資源と有害物質に分別する必要があります。そのため、リサイクルと回収・運搬の費用を使用者が負担することが定められました。

どちらも人々の暮らしの中で排出されるゴミですが、その中身によって処理の難しさも、役割も変わってくるのです。


産業廃棄物の中身

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テレビや新聞でもたびたび大きく取り上げられているので、なんとなくイメージされている方も多いことでしょう。産業廃棄物は、処理するために一般廃棄物よりも高度な処理が求められます。産業廃棄物の要件は、廃棄物処理法第二条に以下のように定められています。

「ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であって、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによって汚染された物を除く。)」

これら事業活動によって生じた20種類の廃棄物を産業廃棄物と呼び、示すとおり内容は多岐にわたります。建設現場で出るコンクリートやレンガの破片(がれき類)、食品加工場から出る魚や獣の“あら”もそのひとつです。

産業廃棄物のなかでも、引火性の廃油や、強い酸性/アルカリ性の廃液、医療機関などから出される使用済みの注射針、毒性の強い水銀や鉛などは特別管理産業廃棄物と呼ばれます。これらは、爆発性、感染性、毒性が強く、適切に処理しなければ私たちの健康や生活環境に大きな被害を及ぼすおそれがあります。排出されてから処理されるまでの間、常に注意して取り扱うことが定められており、これらを排出する事業者には、特別管理産業廃棄物管理責任者の選任など、通常の産業廃棄物よりも特別な管理や処理方法が義務づけられています。


ゴミなのに丁寧に? 非破壊でゴミをはかる

産業廃棄物は扱いを誤ると私たちの生活に悪影響を及ぼす危険性が大きく、処理する際は詳細な決まりにしたがって、適切な処理が求められます。適切に処理するためには、処理前に廃棄物内に含まれているものを確認し、リサイクル可能な資源や有害物質を分別する事が欠かせません。ここに「はかる」技術が活かされています。

以前「文化財をはかる」シリーズでは、はかる対象である文化財を保護するために非破壊であることが求められました。対象物にX線を照射し、対象物を構成する成分を明らかにする仕組み。ゴミをはかる際にも、この方法が役に立ちます。産業廃棄物に有害物質が含まれている可能性がある以上、手で触りながら分別することには危険が伴います。また、ゴミに含まれる有害物質の中には、その物質単体で有害なものだけではなく、同じくゴミの中に含まれた成分と反応することで有害物質化するものも。手を触れずに、かつ対象をいたずらに崩さずに「はかる」ことが、必然的に求められるのです。

とはいえ、同記事で紹介したようなX線分析顕微鏡にゴミを入れてはかる、なんてことはできません。そこで、ゴミをはかる現場では携行型の「ハンドヘルド型蛍光X線分析装置」が用いられています。次回は、手軽ながらも多様なニーズに応える「ハンドヘルド型蛍光X線分析装置」を通じて、「ゴミをはかる」世界をさらに深堀していきます。


私たちの暮らしに密接するゴミ問題。ひとりひとりがゴミ箱に捨てる際の行動はもちろんですが、一方で見えないところで重大な作業も行われています。そこで活躍する「ゴミをはかる」技術。ハンドヘルド型蛍光X線分析装置はいったい、何を見つけてくれるのでしょうか? そこには有害物質だけではなく、意外にも価値ある発見まで含まれているようです。次回、「ゴミをはかる」技術に迫ります。

 

ゴミをはかる

>>ゴミをはかる[2] 有害? 再生可能? 安全なゴミ処理の第一歩は、「はかる」こと

 

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血液をはかる[3] 「血液をはかる」とわかる無数のこと https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1589/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1589/#comments Thu, 26 Feb 2015 02:00:42 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1589 前回は、「血球計数・CRP測定装置」で行う血液検査の詳しい仕組みについてご紹介しました。最終回となる今回は、血液検査の現場を取材。京都市の公益財団法人京都健康管理研究会 中央診療所所長・長井苑子医師にお話をうかがいました。

はかる場編集部も実際に血液検査を体験。検査結果も踏まえながら、血液検査の「今」をお伝えします。


迅速! 「血球計数・CRP測定装置」で血液をはかってみた

今回の連載でもたびたびお話してきましたが、血液検査はとても身近なもの。あらためてその事実を確認すべく、まずは取材陣自ら血液検査を受けてみました。

test1検査の内容に合わせて必要な量だけ採血します。今回は、「血球計数・CRP測定装置」の検査に必要な2 ccを採血しました。痛みはほとんどなく、スムーズに終了。

test2採取した血液が入った「採血管」を、装置にセットします。血液のみ装置内に取り込まれ、空になった採血管がすぐに外に出されます。

test3血球の数やヘモグロビン量などの検査結果が画面に表示されます。結果がでるまで約4分。まさに迅速!

test4検査結果がすぐにプリントされます。白血球・赤血球・血小板の数、ヘマトクリット値(血液中に占める血球の体積の割合)、MCV/MCH/MCHC(貧血の種類を示す指標)、CRP(炎症の程度を示す指標)といった13項目に加え、白血球に関する詳しい情報を見ることができます。この内容を診断の材料にしていきます。

HORIBAの「血球計数・CRP測定装置」の特徴はなんといっても迅速さ。採血から結果が出るまで10分程度しかかかりません。検査結果がわかるまでに少なくとも数時間~数日を要することもありましたが、この装置を使えば再度結果を聞きに来る手間も省けます。また、何か問題が見つかった場合、その場で次の手を打つことも可能になりました。

では早速、結果を見ながら、現場ならではの血液検査事情をうかがいます。


病気の原因や、治療の効果を知るための血液検査

専門は呼吸器内科の長井さん。血液検査をどのような目的で役立てているのでしょうか。

sub1はかる場:さまざまな患者さんがいらっしゃるかと思いますが、長井さんのご専門だと一日にどれくらいの患者さんに血液検査をされますか?

長井さん:私は呼吸器内科医師で、診療所でも呼吸器の外来をしています。しかし、一般的な外来というよりは、サルコイドーシス、間質性肺疾患、膠原病(こうげんびょう)といった特殊な病気を専門に扱っています。サルコイドーシスは全身性疾患、間質性肺疾患は肺の疾患、膠原病は自己免疫疾患の一種で、呼吸器に種々の病変があらわれます。いずれも発症例は多くない難病で、外来としては特殊な診療になるため、患者さん一人あたりの診察時間が比較的長くなります。一日に多くても40人くらい、少ない時は20人くらいしか診ることができません。そのうち血液を調べるのは、概ね半分~6割くらいかと思います。

はかる場:血液検査を行うかどうかは、どのような基準で判断するのでしょうか。

長井さん:複数の視点から判断します。まず、炎症状態を調べなければいけない時は必要です。顔色が悪くてフラフラしていたり、貧血が疑われる方にも血液検査は重要です。たとえ貧血であることが明らかな場合でも、検査することでその原因がわかります。鉄分が不足しているせいなのか、赤血球が溶かされて起こる自己免疫性の溶血性貧血なのか、悪性疾患が隠れていないか、など原因が詳しくわかります。また、治療中の患者さんの治療効果を知るためにも使われます。ステロイドや免疫抑制剤の薬を入れたことで、血糖値が降下や上昇していないかなど、副作用の有無を調べるのです。

はかる場:血液検査は、はかる目的によって種類も異なると聞いています。

長井さん:今回体験していただいた「血球計数・CRP測定装置」を使った「迅速検査」では、血球やCRPだけを調べます。糖やコレステロールを調べるためには生化学検査までを行うケースもあります。何を調べるかによって必要な血液の量も異なり、前者の「迅速検査」だけであれば2 ccで十分、血糖値を調べるためには抗凝固物質を入れる必要があり、検査ごとに血液を別の採血管に分けないといけないので、必然的に採血の量も多くなります。大体、20 ccくらいが多いですが、場合によっては30 ccくらい採ることもありますね。


白血球やCRPが、思わぬ事実を教えてくれる

血液検査は患者さんの体の状態を明らかにします。それはその時だけでなく、普段の生活まで明らかにすることも。

sub2はかる場:今回の検査で私のCRPの値はゼロでした。CRPは感染症についての重要なマーカーですが、感染症にかかった場合、この数値はどのくらいまで上がるのですか。

長井さん:軽い風邪だったら0.6~0.9 mg/dlぐらいの値になりますし、気管支炎であれば2~5、一桁の動きが出てきます。肺炎など重症化していれば、10~20 mg/dl程度まで上がります。数値の大きさからある程度推測が立てられるので、CRPが高いからレントゲンを撮って確かめましょう、と、診断を進めていくことができます。また、咳や痰があるけれども、CRPが陰性の場合には、気管支の過敏性で喘息あるいは喘息様の症状が出ているので、感染症によるものではないという判断もできます。喘息、花粉アレルギー、喫煙による過敏性などと、細菌、ウイルスなどの微生物による気管支炎とを比較的容易に鑑別できるという利点を感じています。

はかる場:CRP以外にも12項目の数値が出ていますが、この中で特に注目すべき数値はどれでしょうか。

長井さん:やはり白血球の数ですね。たとえば、CRPも高く、熱もある状態で白血球が大きく増加していれば、細菌感染症の兆候だといえます。すぐに抗生物質を使おう、という判断ができます。白血球の数が減少していて、かつCRPが陽性ならば、ウイルス感染を疑うことができます。

はかる場:今回の検査では、白血球は5,300 /μlとなっています。これは100万分の1リットル中に白血球が5,300個あるということですね。

長井さん:はい、そうです。それくらいが正常な値です。白血球の数は、さまざまなことを教えてくれます。昔、予防医学センターの呼吸器外来に非常勤医師として勤務しながら、タバコ外来というのを8年くらい継続していたことがあるのですが、喫煙者は白血球が増えることを知りました。5,300という値が12,000くらいまで上がることもあります。そのため、白血球が多い場合でも喫煙者か否かで判断が変わってきます。喫煙者は禁煙すれば白血球の数が減りますし、非喫煙者であれば、炎症が起きて細菌感染などが起きているという可能性を第一に考えられます。

はかる場:これまで多くの患者さんに迅速検査をされてきたと思いますが、印象深いエピソードはありますか?

長井さん:私は慢性の呼吸不全の方をたくさん診ています。酸素が不足して、運動時の息切れ症状をはじめ、心臓への負担がかかる病気です。患者さんには出歩く時には酸素ボンベを携行し、酸素を吸うようにお願いするのですが、使いたがらない方も多いんですね。診察時に「酸素を使っていますか?」と聞くと、みなさん「使ってますよ」と言うのですが、検査で赤血球の数と血色素量・ヘモグロビンの数値を見ると本当かどうかがわかります。ヘモグロビンは体全体に酸素を送る役割を果たしますが、酸素の量が少ないと、酸素の量を増やそうとヘモグロビンが増えるんです。ですから、ヘモグロビンの数値が高いと、「きちんと酸素を吸っていないな」と推測できるんです。これは二次性多血症というのですが、一方である患者さんでは呼吸器の病気がないのにヘモグロビンが17 g/dl以上を示しており、真正多血症を疑って血液内科に送ったところ、診断が正しかったこともあります。また、ひどい貧血で迅速に胃カメラをして胃がんを発見できたこともあります。

はかる場:ごまかそうとしても、検査の数値を見ればわかってしまうんですね。

長井さん:そうなんです。リウマチの病勢を抑える薬として、リウマトレックスという、週に1回だけ服用して治療する薬があり、私はその薬をサルコイドーシスの患者さんにも使うことがあります。サルコイドーシスの治療にはステロイドが使われますが、副作用が多いため、できるだけステロイドの量を増やさないように、リウマトレックスを併用しています。その薬を使っていたある患者さんに迅速検査をしたところ、白血球が1,500、ヘモグロビンが7、血小板が1万~2万という具合に、血球がものすごく減っていたことがありました。驚いて、これは薬を間違って飲んでいるんじゃないかと思って聞いてみたら、「毎日飲んでました」とおっしゃって大慌てしたことがありました。そのまま知らずに服用していたら、本当に大変なことになっていたかもしれません。この薬は週一回のみ服用するという飲み方を指導していたのですが、患者さんが間違っていたわけです。常に、飲み方にもチェックをいれることが重要です。

はかる場:採血してすぐに結果がわかることも、重大なアクシデントを防ぐためには欠かせない要素ですね。

長井さん:検査センターに出していたら最低でも数時間から1日はかかるので、患者さんを長時間待たせるのか、後日来ていただくことになります。それがこの迅速検査だと10分で決着がつくので、その場で総合的に判断して速やかに次の一手を打つことができます。それは医者にとっても患者さんにとってもありがたいことですね。


血液検査の経過を把握することが重要

最後に長井さんに「血液をはかる」ことの大切さと、意味についてお聞きしました。

sub3はかる場:患者の立場として、血液検査のデータを有効活用するために心がけておくことはありますでしょうか。

長井さん:血液検査で大切なのは、一回一回の数値よりも、その経過です。どう変化しているかを知っておくことが大切です。特に、急性疾患では、一回の結果で判断が必要ですが、慢性疾患では、経過を知っておくことが重要です。健康状態や年齢によって、同じ数値でも持つ意味は変わってきます。たとえば、がんに関する数値が悪かったとしても、高齢であれば、次にどうすべきかを慎重に考えることが必要です。老化とともに、発がん性は増加するのが生物の宿命のようなものですから。一方、40代くらいの若い方ががんになって余命1年だなんて言われたら大変ですよね。そうならないためにも腫瘍マーカーなどを1年に一度くらいはかって経過を見て、数値が上がってきているようであれば、胃カメラや大腸内視鏡をする。そうすれば多くの場合、大事に至る前に手を打つことができるのです。

はかる場:特に具合の悪いところがなくとも、健康診断などで定期的に血液検査をすることはとても重要なのですね。長井先生にとって「血液をはかる」とは、どのような意味を持つのでしょうか。

長井さん:血液検査は、身体に起きている問題を知るための一番容易な方法の一つだと思います。針を刺すという小さい侵襲はありますが、必要な情報を得るためには過剰でもなく、過少でもなく、とても適した手段ではないかと思っています。私たちの病院では、必要に応じていろんな患者さんに血液検査をしており、その重要性を常に実感しています。患者さんにも血液検査の必要性と、その結果についてしっかりとご説明することを心がけています。ぜひ多くの方に、血液検査の重要性を理解していただき、普段から積極的に受けにきていただければと思います。もちろん、問診をして、血液の中のなにを調べる必要がありそうかを考えての採血ということです。


3回にわたってお送りしてきた「血液をはかる」。私たちの身体をめぐる血液が、いかに多くの情報を持っていて、その状態を知ることが重要だということを実感していただけたのではないでしょうか。HORIBAの野村さんは「血液は自分の健康状態を写す鏡のようなもの」、長井さんは「血液検査は、身体に起きている問題を知るための、一番容易な方法の一つ」とおっしゃいました。血液をはかることは、まさに自分自身を知ることなのだと言えそうです。

 

血液をはかる

>>血液をはかる[1] 検索項目は数百以上! 「まず血液を」が意味すること
>>血液をはかる[2] 血液検査のしくみと、その先に見える未来

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空気をはかる[3] 大気汚染をはかることは「はかりつづける」こと https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1559/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1559/#comments Thu, 29 Jan 2015 02:00:26 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1559 生き物が生きるために欠かせない、でも目に見えない「空気」。前回は、その測定方法についてお話しました。その目的は、大気中に漂う、私たちの生活にも影響を及ぼす有害物質から人々の暮らしを守るため。空気をはかることは、私たちが何気なく暮らしていける「あたりまえ」を守ってくれています。

「空気をはかる」連載の最終回は、国内外で大気汚染測定の研究をされている、大学の研究室を訪ねました。大阪府立大学 現代システム科学域・工学部・大学院工学研究科の竹中規訓教授へのインタビューです。竹中さんと一緒に研究をされている大阪府立大学 地域連携研究機構・研究員の今村清さん とともにお話をうかがいました。空気をはかる現場の最前線へ。


水から空気へ、ベトナムにあった大気汚染研究のきっかけ

日本のみならず、海外でも広く活躍されている竹中さん。どんな研究をされているのでしょうか。

竹中さん:1999年から10年間の計画で、ベトナムの大学と環境関係の研究交流プロジェクトがスタートし、現地に行くようになりました。私は2004年から参加し、2009年までの6年間、プロジェクトに携わりました。そのプロジェクトは大阪府立大学とベトナムの大学との研究交流が主なテーマで、つつがなく終了しましたが、今度はバイオディーゼル燃料に関する調査でもう一度行けることになり、その際に大気汚染をしっかりはかろうということになったんです。

はかる場:大気汚染を「しっかりはかろう」とは?

竹中さん:今も現地では窒素酸化物(NOx)などの基礎データをはかっているのですが、最初はその基礎データがうまく取れなかった。最初の10年間で使っていた装置では現状把握も難しくて、簡易測定だけのデータをどこまで信用できるのかもわからない状態でした。NOxやオゾンのデータがないと大気の状態が分からないので、きちんと管理してもらえる装置が必要でした。

はかる場:そこで、「しっかりはかろう」、なんですね。

竹中さん:大気汚染の調査は、大気中のあらゆるものをはかって、何が原因なのかをはっきりさせるところからはじめます。改善のために、調べた結果をもとにして手を打つのですが、その効果を知るためにはビフォー/アフターで見ていかなければならないので、はかり続けることが大切です。プロジェクトではかる土台をつくってきましたが、現在は向こうの研究者がはかってくれていて、年に一回程度データを見せてもらう共同研究のような形になっています。

はかる場:大学間でのプロジェクトということですが、どのような目的があったのでしょうか?

竹中さん:もとは大気ではなく水環境の研究だったんです。ベトナムは飲み水がちゃんと安心して飲めないので、飲み水をどうやって確保するかという、水汚染の方が中心でした。そこから大気汚染の研究にも広がり、現在にいたります。

はかる場:竹中さんが空気をはかることに興味を持ったきっかけも水だったそうですね。

竹中さん:大気中における水の役割ですね。まず大気をはかるというよりは、大気中の水の中で起こる反応、何が起こっているのかという、サイエンスのベースの部分に興味があったのでその辺りをずっと研究していました。大気中の現象は知られていないことがたくさんあるので、“知らないことを見つけたい”という感覚が私の研究ベースです。

水は、大気中のさまざまな物質の中で3番目か4番目に多い成分。こんなにたくさんあるのに、あまり注目されていないですよね。少しわかりにくいですが、たとえば「大気中の物質が雨に溶けたら、地面に落ちたあとどうなるの?」など。雨が地中に染み込むと、乾いてまた出てくる物質があったりするんですね。今は離れていますが、こういった事象は今も調べたいですね。


大気汚染を語るうえで避けては通れないNOxとその研究

竹中さんが所属している大阪府立大学の環境物質化学研究グループは、大阪で光化学スモッグが問題となりはじめた昭和40年代中ごろから存在しています。お話しいただいた「大気中の水」に関する研究をはじめ、その光化学スモッグの研究にも関わられてきた竹中さんですが、ご専門は「窒素」。

はかる場:メインで研究されているのはどのような分野ですか?

竹中さん:私は窒素関係ですね。光化学スモッグに代表されるように、大気汚染で起こる問題は光化学反応です。物質が光を吸収して起こす化学反応で、大気汚染物質を生み出す原因です。この反応で生まれるOHラジカル(ヒドロキシルラジカル)という物質があります。活性酵素と呼ばれる化合物のひとつで、強い酸化作用を持ち、人体に取り込まれると健康な細胞まで酸化させて傷つけてしまうので、体内の活性酵素の量は老化のスピードに関わるともいわれています。このOHラジカルの生成にも深い関係を持つのが窒素化合物(NOx)です。単体でも酸性雨や温室効果ガスの原因とされているなど、大気汚染の研究をするうえで避けては通れません。

はかる場:大気汚染に大きく、広く関わる窒素化合物のなかで、特に専門とされているものはありますか?

竹中さん:亜硝酸に注目しています。亜硝酸はいくつかあるOHラジカルの発生源でも中心的な存在なんです。亜硝酸の量が増え、OHラジカルが増え、オゾンの割合も増える、という大気汚染におけるキー的役割をしているのではないかと、個人的には思っています。ヨーロッパではかなり注目されていて、一部では喘息にも相関関係があるのではと研究が進んでいます。

はかる場:もし喘息との相関関係が明らかになれば、また大きな問題になりそうですね。

竹中さん:そうですね。大きなところでは住環境の基準が見直される可能性すらあります。亜硝酸にしろ、その先にあるOHラジカルやオゾンの問題にしろ、つまるところNOx自体が問題になってきます。NOxの化学式にもあるとおり、窒素と酸素でできている以上、燃やせば燃やすほど発生します。だから発生させないというのはなかなか難しい。取り除く方向で考えなければいけない。それも含め、NOxの量をはかることからはじまっているといえますね。


目に見えない「空気をはかる」ことは、はかりつづけることで意味を成す

多くの大気汚染物質の原因となるNOx濃度を知ること。大気汚染対策の第一歩として、空気をはかる技術を用いている竹中さん。この第一歩が、私たちの社会にどのような役割を果たしているのか、あらためてうかがいました。

中央左が竹中さん、中央右が今村さん。研究にかける熱い思いを語ってくださいました。
(両端はおふたりのベトナムでの研究をサポートしているHORIBAの丸山さんと田中さん。インタビュー当日、一緒におふたりのお話をうかがいました)
 

はかる場:竹中さんの研究をはじめ、空気をはかる現場とそこで行われていることは、私たち一般市民にはあまり身近ではありません。しかし、時に住環境を選ぶ際にも大きく影響を受けるなど、実際は切っても切れない間柄だったのですね。

竹中さん:空気がなくては生きていけないですし、あってあたりまえのことで、また、呼吸で取り込むのも誰も何の疑問も持たずに行います。だからこそ、誰かがはからないといけない。大きなモニタリングステーションはその時々に問題となっているものをはかります。それを考えると、これから影響の出そうなものや、小さな兆しでも「このへんおかしいんじゃないか?」と思えるものにはある程度網を張ってはかる。大学や研究者にはそのあたりの役割が求められていると思います。

はかる場:はかるとみつけられる、ということですね。

竹中さん:なにしろ、大気や大気汚染物質は見えないですから。だから値に対する信頼度を得るためにもはかりつづけることが重要です。質量のような標準のものさしがないので、経年の変化や、はっきりした物質との相対関係など、さまざまなデータを組み合わせての判断が必要です。大気は変化していくので再現性も難しい。一方で、はかったデータによって基準値が決められる物事は多く、大きな影響を及ぼします。だからこそ、冒頭のベトナムの例もそうですが、その場その場でしっかりとはかりつづけることが大切。その点でも、365日24時間、止まることがない測定装置の存在はありがたいですし、これからも欠かせません。


「空気をはかる」ことは、それ自体が大気汚染の解決策になるわけではありません。まずその環境の状態を知ることは小さな一歩であり、その後さらに細かい成分をさまざまな手法で分析するために欠かせない第一歩。

工場や車が排出するガスだけでなく、世の中には多様な環境基準が存在します。それらがどんな目的で設けられて、どんな理由で基準の数値が設定されたのか、あれこれ調べてみるといろんな発見がありそうです。

 

空気をはかる

>>空気をはかる[1] 私たちの空気は「汚れ」ている?
>>空気をはかる[2] 大気汚染対策に「空気をはかる」が果たすこと

 

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血液をはかる[2] 血液検査のしくみと、その先に見える未来 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1535/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1535/#comments Mon, 22 Dec 2014 02:00:46 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1535 前回の記事では血液検査の種類や役割などを、私たちの生活に絡めた身近な視点でお話しました。数百を超える項目の検査が可能で、いまなお新たな利用法の研究が進んでいるという血液検査。人々の健康的な生活に対して、担う役割の大きさを実感します。今回は、「血液をはかる」仕組みについて、HORIBAで「血球計数・CRP測定装置」の開発を担当している野村尚之さんにお話をうかがいました。


血球の数を数えると血液の状態がわかる

「血球計数・CRP測定装置」は、その名のとおり、「血球の計数」と「CRPの測定」を同時に行える装置です。それぞれをはかる仕組みについて、野村さんに教えていただきました。

sub1はかる場:まずは、野村さんの専門分野である「血球計数」についてうかがえますか。

野村:血球計数とは、血液の主要な要素である血球成分(赤血球、白血球、血小板)の数や状態を調べる検査です。CBCという略称が使われています。「血液学的検査」とも呼ばれ、血液および身体全体の健康状態を知るための重要な指標になります。

この検査の特徴として、「標準物質」がないことが挙げられます。何かをはかる場合、通常は基準となるものがありますよね。たとえば長さの「5センチ」、重さの「10グラム」といえば、その量を誰もが同じくはかることができます。つまり、「10グラムとは何か」を客観的に示す基準となるものがあります。それが標準物質です。血球の計測には、それがありません。理由は常に活動しているためです。白血球1,000個をはかろうとしても、はかっている時間内にも新たに生まれたり、死んだり、移動したりと変化し、測定したタイミングによってばらつきが発生してしまうため、「白血球1,000個」という量を客観的に決めることができないのです。

ものさしのない分析機器というか、まったく同じ条件で計測しても同じ結果が得られないということに注意が必要です。

はかる場:はかるのに基準がないというのは驚きですね。CBCの仕組みについて、もう少し詳しく教えてください。

野村:赤血球、白血球、血小板ともに、基本的にはかる原理は同じです。まずは採血した血液を、専用の希釈液で薄めます。血球は血液中に大量に含まれているので、数えやすくするために、一定の体積あたりの血球の数を薄めて減らす必要があるのです。

次に、薄めた血液を測定機器の「アパーチャ」と呼ばれる微細孔内に一定の流速で流し、直流の電流を流します。血球は「電気を通しにくい性質」をもっているため、血球がアパーチャを通ると抵抗が生まれて電流の値が揺らぎます。血球1つに対して揺らぎが1つ生じるため、揺らぎの数を数えれば通った血球の数がわかるというわけです。流速を一定に保っているので、指定した時間内に何個流れたかを調べることで、一定の体積の中に何個の血球があるかがわかり、そこから血球の濃度を計算できます。

はかる場:流れてくる血球を1個1個数えるんですね。血球は、たとえば赤血球であれば、1マイクロリットル(=0.001 ml)中に400万個程度もあるとのことですが、そんな数のものを1個1個数えられるのですか?

野村:はい、できます。たとえば赤血球と血小板の計数のためには、HORIBAの装置の場合、1万~2万倍に薄めます。すると、同じ1マイクロリットル中でも、赤血球なら数百個程度しかないことになります。それくらいの数になれば血球同士がくっつきあって詰まったりすることなく、1個1個、アパーチャを通っていくことができます。赤血球と血小板は同時にはかりますが、両者はサイズが異なるため、通過する時の電流の揺らぎの大きさによって区別できます。揺らぎが大きいのが赤血球で、小さいのが血小板です。

はかる場:なるほど。白血球についても同じ仕組みなのでしょうか?

野村:白血球は、赤血球と血小板に比べてぐっと数が少ないので、別に計数します。赤血球の1,000分の1ぐらいの個数しかないのです。そのため、数百倍に薄めれば血球が1個ずつアパーチャを通るようになります。

白血球を数える際は、数が多い赤血球や血小板に埋もれてしまわないように、溶血剤という薬剤によって白血球以外の血球を溶かします。白血球はリンパ球、単球、顆粒球の3種に分類されますが、溶血剤により白血球自体も収縮し、その収縮具合がそれぞれで違うため、3種を区別できます。収縮させた状態で電気を流すと、アパーチャを通るときの電流の揺らぎの大きさも3種で異なり、それぞれの揺らぎの数を数えればリンパ球、単球、顆粒球が各々どのくらいあるかがわかります。

はかる場:CBCはその名のとおり、血球の数を数える検査と理解しました。血球の数を数えると、どのようなことがわかるのでしょうか。

野村:血球の数は、身体の状態を知るためにとても重要な情報です。一般的に、赤血球の数が少ないと貧血状態を示し、多すぎると血の流れが悪くて血管が詰まりやすい状態にあるといえます。白血球は身体に細菌などの異物が入ってくると、戦うために数が増えますが、多すぎると白血病が疑われます。少ない場合もさまざまな可能性が考えられ、何らかの病気かもしれないと考える一つの指標となります。


感染症対策の重要な指標「CRP」を迅速にはかる

sub2はかる場:次に「CRPの測定」について教えてください。

野村:CRPとは「C-反応性タンパク」のことで、組織が損傷したときや微生物が体内に進入したときに血中にあらわれるタンパクの1つです。炎症反応の強さと関係し、病気や怪我の重症度を反映して増減することがわかっています。

はかる場:HORIBAの「血球計数・CRP測定装置」は、「血球の計数」と「CRPの測定」の両方が同時にできるということが強みだとうかがいました。

野村:HORIBAがこの装置を開発したのは1990年代にさかのぼります。当時の開発者がある医師に「血球の数とともにCRPも測定することができたらいいのに」と言われたのがきっかけだそうです。CRPを白血球と同時に計測し、両方の値を見ると、感染症にかかっているかどうかなどを迅速に診断することができるからです。

一例としては、白血球の増減とCRPの増減を見ることで、ウイルス感染なのか、細菌感染なのかを判別できます。体内に細菌が侵入すると白血球が活発に活動するのは先ほどお話したとおりですが、白血球が増え、細菌を退治するとともに、CRPも増えます。一方ウイルスは、一見異物ではないかのようにふるまって細胞をだましながら細胞に取りつくため、白血球が異物と判断するのが遅れます。そのため、ウイルス感染の場合は、白血球は増えずにCRPが軽度に増えることになります。

はかる場:具体的にはどのような病気に有用なのでしょうか。

野村:高熱が出たものの理由がわからない、そんな時に感染症の原因がウイルスなのか細菌なのかがわかれば、抗菌薬を投与するか否かの判断ができます。ウイルス感染の場合には、抗菌薬を投与しません。最近はインフルエンザの判定に鼻の奥に長い綿棒を入れて粘膜を採取する簡易検査が多く使われていますが、あの検査はインフルエンザか否かを判定するのみであるのに対して、血球とCRPを同時に測定すると、白血球とCRPの値によって、インフルエンザのみならずほかの感染症にかかっている可能性も知ることができます。また、リウマチの患者さんにもよく使われます。CRPの値からリウマチの炎症の強さを見て、薬の効果判定に利用されます。

血球とCRPを同時計測する装置は、我々が特許を持っているため、今のところHORIBAの製品しかありません。同時にはかれるという強みに加え、4分半という迅速さで行うことができるのも特長です。モデルチェンジを続けながら、医療現場の第一線で活躍を続けています。


血液は、私たちの身体の状態を映す鏡

「血液をはかる」方法については今も日夜、新たな研究が進んでいます。最後に野村さんに、血液検査の今後の展望についてうかがいました。

sub3はかる場:実際に血液検査の機器の開発にたずさわる野村さんにとって、血液検査の未来に対して、展望や希望をうかがえますか?

野村:血液検査がもっと身近なものになればいいなと思っています。血液以上に身体の状態を教えてくれるものはないからです。ただ血液は、現状は採血しないと検査できず、痛さもさることながら、なかなか家庭で手軽にというわけにはいきませんよね。血を採らずとも血液の状態を知ることができるようになれば、きっといろんなことが変わるはずです。

はかる場:採血せずに遠隔で血を検査するということですよね? 夢のような話に思えますが、研究は進んでいるのでしょうか?

野村:いろいろ興味深い話はありますね。造影剤を静脈に注射すると、心臓を経由して造影剤が身体の各部の血管に流れていきますが、その状態で身体に蛍光を当てると血流が見えるようになります。その影から赤血球などの流速を見たり、ヘモグロビンの値を見るという研究はされているようです。また、採血の代わりに体内にセンサーを埋め込んで、その値をスマホで読み取って血圧や血糖値を見ようという発想もあります。どちらにしても、身体に何かを入れる必要があり、実用化するのは簡単ではなさそうですが。

はかる場:SFみたいな話ですね。

野村:もし埋め込み方式で血液の状態を常にモニタリングすることができれば、いろんな可能性が広がります。たとえば心筋梗塞が起きる場合、発症の4時間ぐらい前には血流に異常が生じると言われています。つまり、4時間前の段階でその予兆に気づくことができれば、突発的な傷病を回避できるようになるわけです。

はかる場:事前に救急車を呼ぶこともできますね。

野村:そうなんです。心筋梗塞に限らず、血液に予兆が現れることは少なくありません。今はまだ常時モニタリングを実現する技術はありませんが、それでも年に1,2回程度は血液検査をして、自分の血液の状態を把握しておくことはとても重要です。血液検査では正常基準値が決められていますが、その範囲内に入っているから問題ないとか、入ってないから問題があるとは必ずしもいえません。正常値は一人ひとり異なるからです。注意しなければならないのは、今までずっと似たような値だったのが急に変化した場合です。何か問題が起きているかもしれないことを示すシグナルになります。そうした変化に気づくためには定期的に血液検査を受け、自分にとっての基準値を、一人ひとりが知っておくことが大事なのです。

はかる場:最後に、「血液をはかる」とは、私たちにとって、また野村さんにとって、いったいどういうものでしょうか。

野村:血液は自分の健康状態を写す鏡のようなものです。血液検査の数値は、どんなに繕っても化粧をしても隠すことはできません。その事実を私たち自身がしっかりと受け止めて、自分の状態を知っておくことが、健康に生きていくうえでは大切なんだろうなと感じます。

HORIBAは血液検査の世界に入ってまだ20数年です。他のメーカーさんに比べてもまだ若手の方だと思うので、これからもっともっと幹を大きくして、枝を伸ばしていく必要があります。血液検査をより簡単で便利なものにして、少しでも多くの人に手軽に受けてもらえるものにできるよう、自分ももっと貢献していきたいです。


次回は、HORIBAの「血球計数・CRP測定装置」が使われている病院を訪ねます。現場ならではのお話をうかがいつつ、実際に血液検査を体験レポートします。どうぞお楽しみに。

 

血液をはかる

>>血液をはかる[1] 検索項目は数百以上! 「まず血液を」が意味すること
>>血液をはかる[3] 「血液をはかる」とわかる無数のこと

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金目のモノが、埋もれているかも。 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1527/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1527/#comments Fri, 19 Dec 2014 02:00:50 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1527  

ゴミを分別して捨てることが当たり前になっている今日でも、燃えるゴミと燃えないゴミはついうっかり一緒に捨ててしまいがち。それが一般家庭から出るゴミならまだしも、工場や建設現場から出るゴミの中には、焼却時に有害物質を発生させるモノが混入しているかもしれません。HORIBAの技術は、それら廃棄物に含まれるモノの元素を、簡単&スピーディーに検出することが可能。大気を汚さないクリーンで安全なゴミ処理環境の構築に、私たちも日々情熱を燃やし続けています。

 

※広告シリーズ 「見えないけど、見つけられる。」 WEDGE(ウェッジ)2015年1月号より

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文化財をはかる[3] 文化財をはかることは、文化財から教えてもらうこと https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1474/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1474/#comments Fri, 28 Nov 2014 11:00:13 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1474 その文化的・歴史的価値によって、過去から現在、そして未来へと受け継がれる文化財。つくられた時代やつくった人々の想い、技術が込められた文化財をはかることは、時に真実を明かし、語り継ぐ重要な役割を担っています。

そこで重要なのが「非破壊分析」というキーワード。大切な文化財、正しく保護するためにその組成などを知ることは欠かせませんが、そのために傷つけてしまっては本末転倒です。前回は対象にX線を照射し、対象が放つ蛍光X線を分析することで元素を明らかにする「X線分析顕微鏡」とその仕組みを紹介しました。

今回は「X線分析顕微鏡」を使った研究をはじめ、非破壊分析による文化財研究のトップランナーのひとりである、吉備国際大学 大学院文化財保存修復学研究科の下山進教授にインタビューを行いました。長年この分野に携わってこられた下山さん。研究の道のりや研究に関する想いを語っていただく中で、「文化財をはかる」というテーマの締めくくりにふさわしいお話をうかがえました。


文化財研究の基本、非破壊分析にいたったきっかけは“染め物”の美しさ

文化財研究の最前線にいらっしゃる下山さん。ルーツをたどると、京都、そして染め物との出会いがありました。

sub1はかる場:文化財の研究はもとより、非破壊分析での研究でも第一人者として知られる下山さんですが、この道に進まれるきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

下山さん:私は製薬会社の研究員をしていたのですが、たまたま京都を訪れた時に、平安時代の非常にきれいな染め物を目にしました。科学者なもので、「なぜ色もあせずにこんなにきれいに染まるのか」という思いがよぎったんですね。当時の染め物は植物染料がほとんどだったので、どの植物で染めればこんなにきれいになるのか、科学的に解析できないかと考えました。しかし当時の分析といえば、布を切り取って有機溶剤に溶かして分析するような、貴重なものにはとても使えないような代物でした。そこで、なんとか壊さないで染料の分析を行えないかと考え始めたのがきっかけです。

まず植物染料の化学構造を詳しく見てみると、紫外線のような短波長の光を照射すると、染料の分子構造によって当てた光とは別の光が出てくることがわかりました。当てる光の波長を変えながら出てくる光を見ていけば染料の蛍光特性がわかりそうだと。当時はそんなことを調べてくれる機械もなかったので、ある分析メーカーと解析ソフトをつくるところから始めました。

はかる場:意外なきっかけです。非破壊の概念は最初からあったのですね。

下山さん:染料である程度手ごたえを感じ、染織物の分析を進めていくと、当たり前なのですが色を表現するのは植物染料だけではなく顔料だってあるわけです。文化財でいえば、今も沖縄の紅型(びんがた)を調査しているのですが、紅型では蛍光X線分析によって顔料が使われていることがわかりました。

さらに発展させて、顔料を油で練った油彩画はどうだろうと。植物染料で染めた染め物も顔料で染めた紅型も、表面に一種類か二種類の染料や顔料が乗っているくらいですが、油彩画は顔料を油で溶いたものを重ねて重ねて描いていきます。断面で見られれば、色々な絵の具が何層にも重なってるわけです。それまで使っていた分析装置は上からX線を当てて、それに対して出てくる光でどういう元素が存在するのかがわかりましたが、元素がどういう形で分布しているかまではわからない。そこでHORIBAの蛍光X線分析顕微鏡(XGT)に出会いました。微小に絞りこまれた透過X線で層に重なる元素が、マッピング分析で面に広がる元素として分析できる。このXGTがいちばん活躍したのが、ゴッホが最晩年に仕上げた「ドービニーの庭」という作品の分析でした。


ゴッホが残したミステリーに「はかる」で挑む

染め物に魅せられ、色の研究から非破壊分析の第一人者となられた下山さん。HORIBAの技術とコラボレートした大きな取り組みがありました。それがゴッホの「ドービニーの庭」の分析です。

はかる場:「ドービニーの庭」を分析されたお話をうかがえますでしょうか?

下山さん:画家はひとつの絵を二枚残すことがあるのですが、「ドービニーの庭」もドービニー家に寄贈されたものと、ゴッホが画廊で書き残したものがあります。現在、前者はスイスのバーゼル市立美術館に、後者は日本のひろしま美術館に所蔵されています。この二枚には明らかに異なる点がありました。バーゼルの絵には左下に青味の強い緑のような色で猫が描かれている。それが広島の作品では、同じ場所が茶褐色に変色しているんです。広島のほうが贋作なんじゃないかということで疑われたこともありましたが、ゴッホ美術館が確認し、贋作ではないと。ではなぜ猫がいないのか。ゴッホが消したんだ、元々描いてないんだと色々な話が流れました。

はかる場:そこでXGTが活躍したのですね。

下山さん:「ドービニーの庭」はとても大きな絵で、ひろしま美術館の目玉になるような作品です。金額的な価値も高く、当時で数十億。保険をかけるとしても相当な額になるので移動させることは難しく、XGTを解体して、美術館で組み立てなおしたその中に「ドービニーの庭」を置いて分析しました。XGTならば絵の具が重なっていても、元素がすべて分別されて分布がわかります。

この時に出てきたのがクロムという元素が猫の形に分布していて、鉄の元素も重なっていました。「クロムイエロー」というクロムを含む絵の具と「プルシアンブルー」という鉄を含む絵の具が使われているのがわかりました。猫は描かれていたんです。さらにその上を絵の具で塗りつぶしたような茶褐色の部分。ここには「シルバーホワイト」という白色の絵の具が使われていました。しかし、その周囲には「ジンクホワイト」という白色の絵の具が使われていたんです。ゴッホは油彩画を描く際に、白色には明るい透明感のある「ジンクホワイト」を多く使っていました。つまり、ゴッホが猫の姿を塗り消したのではないです。

XGTが持つ、元素の分布を明らかにするマッピング分析、塗り重ねられていても元素の種類を点で明らかにできるポイント分析、どちらの技術も大変役に立ちました。

はかる場:ゴッホ本人の口から語られないとわからなかったことも、はかることで明らかにすることができますね。この研究結果により、その先の「誰が消したんだ?」という議論がはじまったと聞きました。


大切なのは文化財から「教えていただく」という気持ち

ゴッホが残したミステリーにひとつの答えを出した下山さんの研究。最後に文化財に対して「はかる」が果たす役割についてうかがいました。

はかる場:文化財の分析が研究に果たしている役割としてはやはり、史実や時代背景を明かすところに意義があるのでしょうか。

下山さん:それも研究者が文化財から当時の技術を知りたい、という気持ちがあってのことだと思うんですよね。物理化学的な分析とはいえ、関連する周辺知識がないとできないです。ゴッホの絵であれば、ゴッホはいつ生まれていつ死んで、どのような絵を描いてきたのか。絵の具というツールはどんな歴史を歩んできたのか。ひとつの絵を科学的に分析するためには、背景にある絵の素材や技法、そして歴史がわからないと解析できない。学生にもよく言うんですが、「分析装置にかけると何でもわかると思うなよ、出てきたデータを解析できるかできないかは、君たちの知識の豊富さと事実をつなぎ合わせる知恵次第だ」って。事実として得られるデータが読めたって、その先で知恵を働かせるための知識がなければ解析したことにはならない、そういうことなんですね。

たとえばゴッホの絵の中にチタンホワイトがあるから、「あ、ゴッホはチタンホワイトを使っていたんだ」ってバカなことを言うなと。チタンホワイトは近代工業が発達してから出てくるんです。そういった知識があれば、近代工業が発達したあとに誰かがチタンホワイトを上から塗っちゃったんだ、そういう解釈をしなかったらだめだよと。

はかる場:正しく知ることは文化財保護の分野にも役立ちそうです。

下山さん:非破壊分析を行えばどのような素材がどのように使われているのかがわかります。その素材は湿度に弱いのか強いのか、適した環境も。素材を見極め、物理化学的な性質がわかれば、その文化財をどういう状態で保存するのが最適なのかがわかるということです。依頼される内容は文化財の真贋や、組成を調べるまでのことも多いのですが、保存方法へのアドバイスをすることもありますね。

素材を知る。素材の由来を知る。つくり方が見えてきたら、保存をどうしたらいいかを考える。さらに現代に活かすことはできないか。そこまで考えてほしい。なぜ文化財はここまで残っているんですか? なぜ大切なんですか? なぜすばらしいと思うのですか? それだけ現代人を魅了するのであれば、文化財に使われた素材を現代に活かせることもあるのではないかと。

はかる場:たしかに。

下山さん:文化財は、今よりずっと昔につくられ、今私たちが生きている時代に「大切なもの」と定められたものですよね。一方で今もたくさんの人が現在の感覚や感性で絵や工芸品、建築物をつくっています。これらはきっと、100年200年先の人々の文化財になるのでしょう。だからこそ、現在の素材でつくった現在の作品というのも、大切に記録に残していってほしいと思いますね。

平安時代から江戸、明治、昭和と受け継がれた染色技術によって、伝承されてきた染織物があるのですが、明治あたりにヨーロッパからの合成染料が多く入り始めます。すると色だけ見れば同じ色、でも分析によって素材の違いは判明します。素材が違えば染色方法も違ってきますよね。この時点で技術が伝承されてきた染織物とは言えなくなってしまうんです。表に見えるところだけ伝承されるのか、その根本にある技術までが受け継がれるのかでは大きな違いでしょう。

はかる場:そこに「はかる」が果たしていくべき役割は……?

下山さん:大きいですね。貴重な文化財を現在に活かすのも、後世につないでいくのにも、知ることが大事。一番大事なのは「文化財から教えていただく」という気持ちがないとダメ、ということです。なぜ非破壊で行うのか。それは文化財を大事にしているからですよね。教えてもらうためにはかります、決して壊しません、「教えてください」といのる、そういう気持ちがなかったら素直にデータ読めませんよ。そして、教えてもらったことが事実。自分の考えていたことに反することもたくさんありますが、得られたデータが事実、データを自分の都合のいいようにつかっちゃいけない。その事実から何を教わるか、事実から勉強するんです。


貴重な文化財に、研究で直に触れられることについて「大変ありがたいこと」と笑顔で語られた下山さん。文化財を「はかる」ことは扱う対象はもちろん、「はかる」ことで得られる結果も時に重く、プレッシャーもかかるお仕事です。しかし、経験を積み重ね続けてなお文化財から教えてもらうという謙虚な姿勢を貫かれて、その仕事を楽しんでおられるのがたいへん印象的でした。

「はかる」ことでわかる事実に対する向き合い方を教わったような気がします。旅先で、教科書やテレビ番組で。文化財の歴史や背景を知る時にも、教えてもらう気持ちで素直に接してみると見え方が違ってくるかもしれませんね。

 

文化財をはかる

>>文化財をはかる[1] 文化財と、文化財が抱えている問題を知る
>>文化財をはかる[2] 壊さずに真実を解き明かす、X線分析顕微鏡

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血液をはかる[1] 検索項目は数百以上! 「まず血液を」が意味すること https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1456/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1456/#comments Fri, 31 Oct 2014 05:00:31 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1456 病院に行って、何かの病気かもしれないということになると、医師から「まず、血液をとってみましょうか」と言われることが多いですよね。飲み屋では「とりあえずビール」であるように、病院では「まず血液」なのです。それだけ血液が重要視され、ある種の「定番」であることにはもちろん、理由があります。血液を調べると、その人の健康状態について本当に多くのことがわかるのです。

今回は、まさに血液を「はかる場」である、血液検査がテーマです。血液はどうやってはかられるのか、はかったら何がわかるのか。誰にとっても身近ながら意外と知られていない血液検査の実態をご紹介します。


sub1病院で血液検査を受けて結果をもらうと、医師から数値が高かったり低かったり、気にした方がよさそうなところについて説明があります。一般的に、項目は全部で30程度並んでいますが、ほとんどの人にとって大部分は、何を意味しているかわからないまま聞いていることがほとんどなのではないでしょうか。実は、あの結果に書いてあるのは、血液検査の結果からわかる内容のほんの一部でしかありません。血液検査によって検査可能な項目は、なんと2000項目以上あるとのこと! 比較的よく使われている項目だけをとっても、実に200~300項目もあるそうです。血液検査からわかることがいかに多いかを、感じさせられる数字です。

ただもちろん、これらすべての項目が1種類の検査によって得られるわけではありません。ひとくちに血液検査といっても、その種類はさまざま。採血をされる側にとっては、どの検査であれ“チクリと針を刺されて血を抜かれる”ことには変わりはありませんが、何を調べるかによってその後の検査内容が違ってきます。主なものとして、次のような検査が挙げられます。

・血液学的検査……血液の主要な要素である血球成分(赤血球、白血球、血小板)の数や濃度、状態を調べます。白血病や貧血などの血液の病気がわかるのみならず、身体全体の健康状態を知るための重要な指標になります。「全血球算定(CBC:complete blood count)」とも呼ばれます。

・生化学検査……血液中に含まれる血球成分以外の、糖、タンパク、コレステロールといった各成分を調べます。肝臓や腎臓などの内臓に問題がないかどうかがわかります。

・凝固検査……出血したあと、正常に血が固まって止まるか(止血機能)を調べることで、出血傾向と肝機能に問題がないかどうかなどがわかります(血液を固めるための物質は肝臓で作られます)。

・免疫学的検査……ウィルスや細菌による感染症にかかっていないかなどを調べます。

「まず血液検査を」という場合の検査は通常、血液学的検査と生化学検査を組み合わせたようなものになります。ざっくり言うと、前者の検査で、血液の主要成分(液体でない部分)である赤血球や白血球の状態を調べ、後者の検査で、それ以外の成分(血漿)を調べることになります。白血球の数が異常に多ければ白血病が、少なければ慢性肝炎が疑われたり、赤血球の数が多すぎると、たばこの吸い過ぎや過度のストレスを原因とした疾患が考えられます。また血漿に含まれる物質の量を調べることで、肝炎や心筋梗塞、動脈硬化、糖尿病、痛風など、多くの病気の可能性がわかります。

このようにして、血液の各要素を別々に検査することで、いろんな病気の可能性を知ることができるのです。


アルツハイマー病も、がんも、血液検査によって早期診断ができる時代に

私たちは現在、各種の血液検査を組み合わせることですでにかなりの量の情報を得られるようになっていますが、血液検査自体は今もなお、新たな研究や技術開発によって進化を続けています。

たとえば、これまではとても検出することができなかった極々微量の血中の物質が検出できるようになっています。その成果の一つが、アルツハイマー病を発症する以前に血中に含まれる原因物質を検出して、発症前の予防が可能になるかもしれないという研究です。また、がんになると血液中の「マイクロRNA:ribonucleic acid」という物質に変化が表れることがわかってきていますが、その性質を利用すると、13種類のがんが血液検査での早期発見につながる可能性があるとか。

白血病やがんといった、人々が長く苦しめられている病気から、昨今では世界規模の感染症も問題視されています。血液検査と、その技術の進化はますます重要度を増していきそうです。


次回は、血液検査のより具体的な中身に迫っていきます。どのように血球の数を数えているのか、どうして血中の成分がわかるのか。その仕組みについて掘り下げていきます。

 

血液をはかる

>>血液をはかる[2] 血液検査のしくみと、その先に見える未来
>>血液をはかる[3] 「血液をはかる」とわかる無数のこと

 

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野菜のおいしさをはかる[3] おいしい野菜を届けるために「はかる」 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1419/ https://www.jp.horiba.com/hakaruba/archives/1419/#comments Tue, 21 Oct 2014 02:00:02 +0000 遠藤英之 https://www.jp.horiba.com/hakaruba/?p=1419 野菜のおいしさにとって重要な意味を持つ「硝酸」。前回はHORIBAの硝酸イオンメータを使って、野菜に含まれる硝酸のはかり方を紹介しました。「野菜のおいしさをはかる」連載の最終回は、前回お話をうかがったHORIBAの小松さんとともに、実際に野菜を育てる現場を訪ねます。野菜のおいしさに人一倍こだわりを持つ、高付加価値野菜を提供している京都の農家さんのお話です。


野菜のおいしさをはかる現場へ

京都市の北部・上賀茂は昔から農業を営む人が多い地域。今や全国的に知られるブランド “京野菜”も、古くから生産されています。今回、はかる場編集部が訪れた「森田農園」は、上賀茂で100年以上続く農家さん。お話をうかがった代表の森田良彦さんで3代目の老舗です。森田農園では夏場は果菜類(実や種を食べる野菜)、冬場は根菜と葉物野菜と、1年を通じてさまざまな野菜をつくられており、名だたる料亭やレストラン、ホテルからもご指名を受けるそうです。

「上賀茂という地域では昔から有機栽培が根付いていた」という森田さん。昔ながらのスタイルを大切にする一方で、硝酸イオンをはじめとしたデータを収集するなど、常に新しい取り組みで野菜のおいしさを追求されています。森田さんの野菜作りには、どんなこだわりが詰まっているのでしょうか?


「土に始まり土に終わる」……森田農園の哲学の源は土にあり

高付加価値野菜にこだわりを持って農家を営む森田さん。そのこだわりのルーツは岩手に、ベースは土にありました。

はかる場:高付加価値野菜をつくるようなきっかけのようなものはあったのでしょうか?

森田さん:もともと有機栽培をやってきたわけですが、有機野菜がブームになってスーパーの方や市の職員さんとお話しすると、かなり農業に対して勉強されていることがわかりました。私もこのままではいけないと、20年ほど前に岩手に行きました。半年ぐらいでしょうか。当地の農家はもちろん、大学の研究者、企業などが集まった勉強会に参加したんです。

はかる場:その場ではどういったことを学ばれたのでしょうか?

森田さん:ざっくり言うと「光合成」、「発酵」、それと「微生物」に関する知識ですね。日本中から集まってきた人たちに、先行して取り組んでいる農家や、企業の方がレクチャーする。その勉強会の流れでHORIBAさんともつながりました。いろんなメーターをつくられているので講師として参加してもらえないかと。勉強会で学んだことはその後の森田農園のこだわりにつながっていると思います。「土に始まり土に終わる」。

はかる場:土の研究ですか。具体的にお話いただけますか?

森田さん:当時は有機栽培という言葉が独り歩きしていたんですよ。認定農家でないと名乗れないという規格ばかりが騒がれたり、農薬や化学肥料の基準が曖昧だったり。名前が先走っていて、味は二の次。でも野菜の本質は土なんです。土を知らなかったら有機栽培なんてできない。どんな土が単粒なのか、団粒はどういう土なのか、双子葉はどんな土を選ぶのか。何より土と野菜のおいしさは密接に関係しています。育てるためにやたらに肥料を入れればいいというわけではない。硝酸なのか、カリウムなのか、pHなのか。育てる野菜に何が不足しているのかを見極めて、土を通じて肥料を与えなければいけません。

はかる場:なるほど、土を知らずして、おいしい野菜はありえないというわけですね。

森田さん:たとえば、野菜ができなかったら一度、土自体を太陽熱処理しなさいと。雑菌がたくさんあるのかもしれないし、肥料をあげすぎているのかもしれない。それを太陽熱処理して土自体をきれいにします。そこからはじめなさいと。


こだわりのおいしさを保つために「はかる」が果たしている役割とは

これまでの連載でお話してきたとおり、野菜のおいしさには硝酸イオンが大きく関わっています。そのあたりについて、森田さんにもうかがいました。

はかる場:まず土を知る。そのために「はかる」ことが必要になるんですね。

森田さん:それまでは勘に頼るしかありませんでしたが、やはり消費者の方に納得してもらうためには数字です。生産者としても、数字で見れば、肥料の与えすぎのような無駄なコストを省くことが、結果として利益にもつながります。今でもおいしさのバロメーターは私がおいしいと思うかどうか、「ベロメーター」ですが(笑)、おいしいと思ったら再度成分をはかってみるんです。それが予測やそれまでの基準と合っているか確認する。それにより、品質を安定させる目安ができますよね。

はかる場:硝酸イオンについてはいかがですか?

森田さん:硝酸イオンでいえば、先ほどもお話した肥料の節約がひとつですね。樹勢状態を見る時にも使います。虫がつく時は何かが起きているのですが、はかってみると正常な時と虫がつく時では数値が違います。そういった経験でわかる変化を見つけた時に、すぐにはかって確かめることができています。

はかる場:硝酸イオンメータは、どのような種類の野菜に、またどれくらいの頻度で使われているのですか?

森田さん:硝酸のたまりやすい野菜、ほうれん草や小松菜などの葉野菜ですね。頻度はそんなに高くなくて、収穫の手前などでしょうか。

はかる場:この機器を使って、品質に直結するようなことはあるのでしょうか?

森田さん:品質改良というよりは野菜がもつもともとの性格を知ることでしょうね。硝酸値にしても、もともと高いものもあれば低いものもある。そのうえで今度は、市場での反応を実際に見聞きします。出荷時はベストのものを出したけれど、店頭に並んですぐに黄色くなっていることもあります。おいしさについても、お客さんの求めるものを出さなければ売れません。お店の担当者さんから反応を聞いて、求められるおいしさに近づける、そういったことはありますね。

※樹勢(じゅせい):樹の勢いを指し、枝葉などの発育状態もあらわします。


森田農園のビジョンに、高付加価値野菜を生み出す先進農家たるゆえんを見た

 

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小松さんと森田さん。野菜のおいしさにかける思いは同じです!

 

おいしい野菜を提供する。「はかる」が果たしている役割はそのベースとなる、土の状態や野菜の性質を知るところにありました。しかしそれも一部に過ぎません。森田さんが思い描く、高付加価値野菜≒おいしい野菜の未来とは。

はかる場:森田農園の野菜のおいしさへのこだわりは、原点に忠実であることと感じました。その一方で、そうしたものづくりの姿勢は、今の世の中が求めている最先端なのではないでしょうか。

森田さん:今考えていることもそのようなお話です。消費者ニーズに合うものを、ということであれば会員制にして、個人単位でオーダーメイドの野菜をつくったり。うちは耕作面積もそんなにないですし、大量生産には向いていません。それに今もそうなのですが、消費者の方々の顔が見えることは生産するうえでもとても役立ちます。やはり安全性が求められているのは強く感じますし、その点でもお互い顔が見える関係はいいですね。農業ですが「生命の産業」だと思って取り組んでいます。生命を維持するためには、朝昼晩、栄養もバランスが取れた食事が必要です。

はかる場:実現のためには知識も技術も求められますね。

森田さん:そうなんです。高齢化社会になれば、病気が原因で食事に制限がかかる人も増えるでしょう。たとえば透析している人はカリウムが食べられない。そうした人たちに食べてもらえる野菜をつくるためには、全部数値化して見せなければいけない。知識と「はかる」技術がないとできません。ここまでしていると、農業という産業に対する見え方や考え方も違ってきます。先日も女子会(!)で農業を見学したいというオファーがありましたし、過去には「婚活」に絡めたこともあります。人が集まれば地域貢献にもつながりますし、そしてそこに参加する人たちはやっぱり、おいしい野菜を求めているんですよ。

「はかる」で言えば、”照度”をはかりたい。曇天と晴天では光合成に必要な量がどれくらい違うのか。昨今の異常気象もありますし、天候によって野菜の成長が遅れることも多いんです。不足した分をLEDの光で補うとか。難しいですよ、農業は。経営面でも、どのくらいの値段をつけたら値ごろなのか、突き詰めると心理学を学ぶ必要があったり……。恐ろしく奥深い。でも一生懸命やって、お客さんがニコって笑ってくれたら、「やっててよかったなあ」って思いますからね。やっぱり笑顔は大切ですね。


「はかる」を駆使して高付加価値野菜を栽培する先端農家。その実像は、原点に忠実に野菜作りに勤しむ、地域に根ざした農家でした。私たちがスーパーやレストランでおいしい野菜と出会う時、その向こう側には、多方面にわたって学び、多くの実践を重ねる農家の姿があるんですね。

森田さんがおっしゃるような、個人のニーズに沿ったオーダーメイドの野菜が提供される未来が来るのなら、私たちにも野菜を「はかる」ことが、もっと身近になる日がやってくるかもしれません。

 

森田農園

京都市北区上賀茂池端町39-1
TEL: 075-712-4889
FAX: 075-791-5986
「おいでやす」
営業時間 10~18時 不定休
※森田農園の野菜が買える直売所です

 

野菜のおいしさをはかる

>>野菜のおいしさをはかる[1] 「おいしさ」を「はかる」ことはできるの?
>>野菜のおいしさをはかる[2] 野菜の成長とおいしさを左右する「硝酸イオン」をはかる

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